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ヒンドゥー教神智学の空間論 [古代・中世インド]

宇宙の具体的な階層構造に関して、詳細な宇宙論を述べている「ヴィシュヌ・プラーナ」の宇宙論を紹介しましょう。
ここにも、オリエントの宇宙論の影響が感じられます。


まず、ヴィシュヌ神が7層の世界を生み出します。
これは上から「プラクリティ」、ブッディに相当する「大いなもの」、アハンカーラに相当する「元素の根源」、そして5大元素です。地の層は宇宙卵になります。
この宇宙卵は多数存在します。

宇宙卵の中の宇宙は大きく分けて7層に分けられます。
上にはまず、神々の住む4つの天上世界があります。そして、次に天界(スヴァル・ロカ)、空界(ブヴァル・ロカ)、地界(ブール・ロカ)です。天界(天球)は10層で構成されています。
上から順に「北極星/大熊座(7聖仙)/土星/木星/火星/金星/水星/星宿(オリエントの12宮に相当するもの)/月/太陽」です。空界はオリエントの月下界に相当する天球の下の空間です。地界は地上、地下、地獄を含みます。

また、地上の中心には「メール山」と呼ばれる巨大な黄金の山があります。
メール山の山頂にはブラフマー神の大宮殿があり、その八方には神々がいて世界を守護しています。
メール山の周辺には巨大な「ジャンプ樹」が生えていて、その果実からは不死の霊液を流れます。また、ブラフマー神の宮殿からガンジス川が四方に向かって流れていきます。
人間(インド人)が住んでいるのは「メール山」の南方の国で、唯一楽園ではない場所です。

これらはシャーマニズム神話の普遍的な要素です。
ですが、「世界山」や「世界樹」は古代ペルシャの宇宙論にもありますから、古代アーリア以来伝えられていたものか、後世にペルシャから伝わったものかもしれません。
 

(プラーナの宇宙論)
プラクリティ
大いなるもの(ブッディ)
元素の初源(アハンカーラ)
エーテル
---------
地(宇宙卵)
4天上界
天界
(北極星/大熊座/土星/
木星/火星/金星/
水星/星宿/月/太陽)
空界
地界
(地上/地下/地獄)

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ヒンドゥー教神智学の階層論 [古代・中世インド]

オリエントの宇宙論、ヴェーダーンタ哲学、サーンキヤ哲学、仏教などの影響を受けて作られた、ヒンドゥー教のプラーナ文献などに記された宇宙論を紹介しましょう。
これは、ヴァーダ以来の伝統的な思想を新たに統合したものと言えます。


まず、宇宙の根源である至高存在は「パラ・ブラフマン」と呼ばれます。
これはサーンキア哲学の「プルシャ」、ヴィシュヌ派の「ヴィシュヌ」、シヴァ派の「シヴァ」に相当します。パラ・ブラフマンは「有・知・歓喜」という性質を持ちます。

このパラ・ブラフマンからは物質的な存在(素材)、宇宙的な存在(マクロコスモス)、個的な存在(ミクロコスモス)がそれぞれ階層の高いものから順に生まれます。
階層は大きく分けて「原因的(極微)な段階/微細な段階/粗大な段階」の3つに分かれます。
この3つの段階はそれぞれ「熟睡/夢見/覚醒」の状態の意識に対応し、パラ・ブラフマンの段階は至高の「第4状態」の意識に対応します。

まず、物質的存在、素材の原因的段階は未開展物「アヴィヤクタ」です。
これは3つの運動傾向「サットヴァ、ラジャス、タマス」が均衡した状態です。
これはサーンキヤ哲学の「プラクリティ」、ヴェーダーンタの根源的な「マーヤー」、タントラ派・シャークタ派の「シャクティ」に相当します。
これが微細な段階では、まず、オリエントの第1質料に相当する「タンマートラ」となって、これから「微細な5大元素」となり、粗大な段階では微細な5大元素が結びつき合って「粗大な5大元素」となります。

次に、宇宙的存在は、原因的段階が(オリエントのデミウルゴスに相当する)宇宙創造神の「イシュワラ」です。
次に微細な段階が(オリエントの世界霊魂「アニマ・ムンディ」に相当する)宇宙自体の神である「ヒラニヤガルバ」です。
そして、粗大な段階が宇宙神の物質的身体である「ヴィラート」です。
宇宙創造神や世界霊魂は「ブラフマー」、「ヴィシュヴァカルマン」、「プラジャーパティ」などと呼ばれることもあります。

次に、個的な存在、生物存在の側面です。まず、パラ・ブラフマンがパラ・ブラフマンと同質なものとして、すべての生物の霊魂の根源である普遍霊「パラ・アートマン」を、さらに個的な霊である「ジヴァ・アートマン」あるいは単に「アートマン」を生みます。

人間にも3つの次元の存在があります。カルマによる種子を持つ霊的次元の「コーザル(カーラナ)・シャリーラ(原因体)」、魂的次元の「リンガ(スクシュマ)・シャリーラ(微細体)」、肉体である「ストゥーラ・シャリーラ(粗大体)」です。

また、より具体的な5つの段階の身体、真我を包む5つの鞘があります。
原因体に相当する「アーナンマダヤ・コーシャ(歓喜鞘)」、微細体でブッディに相当する「ヴィジュニヤーナマヤ・コーシャ(知性鞘)」、微細体でマナスとアハンカーラに相当する「マノマヤ・コーシャ(心の鞘)」、微細体でプラーナに相当する「プラーマナヤ・コーシャ(呼吸鞘)」、粗大体である「アンナマヤ・コーシャ(食物鞘)」です。


hinducosmos.jpg 


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ヨガ派の修行体系 [古代・中世インド]

バラモン系の「六派哲学」の一派である「ヨガ派」の聖典として、2-4世紀頃に編纂された「ヨガ・スートラ」の修行体系を紹介します。
これは心身の止滅による解脱のための実践論です。
しかし、そこには意識の階層性に関する理論があります。

「ヨガ・スートラ」のヨガは、精神のコントロールを行う瞑想法を中心にしていて、「古典ヨガ」と呼ばれます。
また、精神の止滅を目指す最終段階は、「ラージャ・ヨガ」と呼ばれます。

 後にタントリズムの影響で生まれる「ハタ・ヨガ」のような、身体的、力動的な呼吸法や座法、気(プラーナ)の本格的な操作は見られませんし、「パガヴァット・ギータ」で語られるような、信仰的、日常的、在家的なヨガでもありません。

「ヨガ・スートラ」はヨガを8段階からなる階梯に体系化しています。
そのため「八支ヨガ(アシュタンガ・ヨガ)」とも呼ばれます。

この「古典ヨガ」の方法は、ウパニシャッドや沙門が活躍した頃にはすでにある程度、形成されていたものと思われます。

ヨガ派はサーンキヤ哲学と関係が深く、ヨガ派が行う「古典ヨガ」の体験をもとにサーンキヤ哲学が生まれたと共に、サーンキヤ哲学によって「古典ヨガ」が体系化されてきました。
ちなみに、「ハタ・ヨガ」はヴェーダーンタ哲学やシヴァ派、シャークタ派と関係が深いのです。

また、仏教(アビダルマ仏教)が修行体系を宇宙論と結びつけて体系化していたので、その影響も受けています。

まず、その8段階の階梯を簡単に紹介しましょう。

①禁戒(ヤマ):不殺生、不淫などの倫理的戒律
②勧戒(ニヤマ):苦行や祈祷などによる浄化
③座法(アーサナ)
④調気法(プラーナーヤーマ):呼吸と連動したプラーナ(気)のコントロール、最終的には呼吸をなくす止息(クンバカ)
⑤制感(プラティヤーハーラ):感覚を外部の対象から分離して意識を内部に向ける

そして、最後の3つの段階は、総合的な精神コントロールとして結びついていて、「綜制(サンマヤ)」と呼ばれます。
仏教では「止(シャマタ)」と呼ばれます。

⑥凝念(ダラーナ、英語で「コンセントレーション」):意識を外界や身体の一点、あるいは特定のイメージや観念に集中して、他の心の動きを消す。一つの対象に対して多面的から集中することはある

⑦静慮(ディヤーナ、音訳して「禅」、英語で「メディテーション」):その一つの対象に対して、一面的、かつ持続的に集中する

⑧等持(サマディー、音訳して「三昧」、英語で「コンテンプレーション」):対象と完全に一体化する

「三昧(サマディー)」とほぼ同義語として「等至(サンスクリット語で「サマーパッティー」)」という言葉が使われることもあります。
これは直観的な知とも言えます。
「サンマヤ」は開眼でも閉眼でも行われますが、開眼で行う場合は外界の視覚を無視します。
以上の8段階のうちの「サンマヤ」の3段階は、対象に対する意識、心のあり方によって分類されていますが、さらに、対象の微細さの差による分類も生まれました。
これを見ると、瞑想によって順にどのような意識の状態が生まれてくるのかが良く理解できます。

8段階の実践体系の⑧「三昧」は、主客の意識が消えた対象との一体化を意味しました。
仏教が瞑想の高い段階を詳細に分類した体系を作ったために、ヨガ行派もこの影響を受けて、「三昧」の段階を、その対象によって更に細かく分類したのです。

まず、「三昧」はそれがイメージのような形のある心の働きを残したものであるかどうかで、「有想三昧(有種子三昧)」と「無想三昧(無種子三昧)」に分かれます。
さらに「有想三昧」は、物質的なものを対象にする粗大な心の働きがある「有尋三昧」、それがなくなり非物質的なものを対象とする微細な心の働きだけがある「有伺三昧」、さらにそれもなくなり対象が消滅して穏やかな心地良さだけにある「有楽三昧」、心地良さも消滅して自分の存在感覚だけになる「有我想三昧」の4つ段階に分かれます。

ここには、仏教の「四禅」「四無色界定」の体系の影響を感じます。
仏教と違うのは、サーンキヤ哲学を基にしていて、「尋」の対象を「粗大な五大」と「11根」、 「伺」の対象を「微細な五大」、「アハンカーラ」、「ブッディ」と考えるところです。

また、「有種子三昧」と表現される場合は、「有尋定」、「無尋定」、「有伺定」、「無伺定」という4分類がなされます。

「無伺定」では、内面が清澄になり、「真智(プラジュニャー)」が発現し、他の行(潜在印象)が現れるのを妨げます。

「無種子三昧」では、対象がなくなり、「真智」も停止し、心が止滅し、プルシャと対面します。
そのためには、「離欲」が必要とされます。
この段階は、「綜制(サンマヤ)」を超えた段階だとされます。

ただ、サーンキヤ哲学的には、「心」が停止・止滅するといっても、「心」が本当になくなるとは考えません。
止滅の行(潜在印象)だけが存続し、心自体が流動変化しなくなるのです。

(ヨガの実践体系)
⑧三昧・等持(サマディー)=等至(サマーパッティー)
 ・無想(無種子)三昧:心の止滅
 ・有想(有種子)三昧:有形対象への一体化
   無伺三昧(有我想三昧・有楽三昧):真智の発現
   有伺三昧:微細な対象に一体化
   有尋三昧:粗大な対象に一体化
⑦静慮=禅(ディヤーナ):一面的集中の持続
⑥凝念(ダラーナ):一つの対象に集中
⑤感覚の外部対象からの分離
④呼吸法
③座法
②浄化法
①倫理的禁戒

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ヴェーダーンタ哲学 [古代・中世インド]

バラモン系「六派哲学」の一派のヴェーダーンタ哲学は「ヴェーダ」、特にその奥義であるウパニシャッドの研究を目的とするインド哲学の最大の学派です。
-2~3Cのジャイミンに始まり、5Cの「ブラフマ・スートラ」、バルトリハリの「語一元論」と展開して、8Cのシャンカラの「不二一元論」によって大成されました。

ヴェーダーンタ哲学は「ブラフマン」の1元論を唱えます。
そして、個人の真我「アートマン」がそれに等しいことを知ることによって解脱すると考えます。

ブラフマンは宇宙のすべてを生み出す根源です。
ブラフマンの代表的な性質は「有(サット)」、「知(チット)」、「歓喜(アーナンダ)」です。
これはオリエント・ギリシャの神智学と同様ですが、光という性質は強調されていません。
ブラフマンには抽象的な中性の原理という性質と、人格神的な男性神としての性質の両方があって、ヴェーダーンタ哲学の中でも人によってその捉え方は様々です。

ブラフマンは無目的に遊戯として世界と個我を開展します。
「虚空、風、火、水、地」という順に「微細な5大元素」と「粗大な5大元素」を生みます。
これらから「アンターカラーナ(内官)」、「プラーナ」、「5行動器官」、「5感覚器官」が構成されます。
これらは人間の魂の体である「微細身」と肉体である「粗大身」で、「アートマン(真の個我)」がここに入ります。
アンターカラーナはサーンキヤ哲学のブッディとマナスに相当するものです。

アートマンは4つの階層に対応する意識状態を廻ります。
「覚醒/夢見/熟睡/第4状態」です。

覚醒状態の時にはアンターカラーナや5感覚器官が働いています。
夢見状態の時にはアンターカラーナのみが働いていて、覚醒時の体験の潜在印象で作られる世界を体験します。
熟睡状態の時にはアンターカラーナも働かず、アートマンは認識の対象がない「純粋な知」の状態にあります。
ですが、覚醒や夢見の状態の潜在的な可能性としての種子が存在する状態です。
この種子を止滅させて解脱したアートマン=ブラフマンの状態が第4状態です。

     (アートマンの4状態)

  第4状態  :解脱、=ブラフマンの状態
  熟睡状態 :純粋な知、種子の状態
  夢見状態 :アンターカラーナ(潜在印象)の活動状態
  覚醒状態 :アンターカラーナと5感覚器官の活動状態

 
バルトリハリは一種の言語神秘主義思想によってヴェーダーンタ哲学を発展させました。
彼によれば、ブラフマンは否定的にしか表現できない純粋なブラフマンと、世界原因であって言葉であるブラフマンの2つの階層に分けられます。
世界原因はサーンキヤ哲学のプラクリティに相当するもので、それが言葉という点ではストア派の「ロゴス」に近い存在でしょう。

彼は言葉の本質を音声の中で意味を現す存在である「スポータ」であるとしました。
彼によれば、言葉・意味は4つの階層で現れます。
まず、ブラフマンである「最高の言葉」、次に虚空の最初の振動である「見つつある言葉」、音声の微少部分である「中間の言葉」、最後が人間の言葉である「文節された言葉」です。

シャンカラの頃のヴェーダーンタ哲学は仏教の影響も受けて非実態主義的な傾向を持ちました。
シャンカラの哲学は「幻影主義的不二一元論」と呼ばれます。

彼によればブラフマン(とアートマン)以外は実際には実在しない幻のようなものなのです。
それらは「無明(マーヤー)」と呼ばれる認識の間違いによって、存在しない幻が投影されたものでしかないのです。
ブラフマン以外の宇宙は実在しないものなので、宇宙は開展されたものではなくて、単に「仮現」されたものなのです。
無明がなくなると、宇宙はすべてブラフマンとしての姿を現わします。

シャンカラはバルトリハリの考えを受けてか、ブララフマンの中にある「未開展の名称・形態」というものが、宇宙の仮現のもとになると考えました。
あらゆる形・性質を可能性として宿している存在です。
ですが、シャンカラ以外のヴェーダーンタ派の哲学はこれを認めず、代わりに「無明」を宇宙的な原理として考えて、これがブラフマンを隠し、開展する力と考えられました。

また、シャンカラによれば、純粋な意識の主体であるアートマンがブッディ(アンターカラーナ)を照らし、その像を映すことによって、ブッディが意識を持つ主体であるかのように誤解をするのです。
この「像」という発想はオリエントの思想を思い出させます。

その後、10Cにはラーマーヌジャがバクティ思想に傾倒したヴェーダーンタ哲学を展開します。
彼はブラフマンをヴィシュヌ教のナーラーヤナと同一視します。
ブラフマンは遊戯として、純粋精神(プルシャ)=個我(アートマン)と根本物質(プラクリティ)を自分の中から分離して世界を創造します。
このように、サーンキヤ哲学をも取り入れています。
個我も世界もブラフマン同様に実在であり、不一不異です。
このため、「被限定不二一元論」と呼ばれます。

また、15Cのヴァッラバの思想は「純粋不二一元論」と呼ばれますが、三者を実在とし、バクティを重視するので、ラーマーヌジャと類似しています。
しかし、何の努力もせず、神に近づくすべを持たない者に、神によって与えられる「プシュティ・バクティ」を重視したのが特徴です。
これはゾクチェンや親鸞の他力に近い思想でしょう。
 

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サーンキヤ哲学 [古代・中世インド]

インドでは哲学的思考を「ダルシャナ」と呼びます。
グプタ朝期に成立したバラモン系の「六派哲学」の中で神智学的傾向の強いのがサーンキヤ哲学(サーンキヤ派)とヴェーダーンタ哲学(ヴェーダーンタ派)です。

サーンキヤ哲学は-3~4Cのカピラに始まり、4Cのイーシュヴァラ・クリシュナの「サーンキヤ・カーリカー」によって体系化されました。
サーンキヤ哲学は神話的な原人「プルシャ」を抽象化してアートマン同様の「真我」としました。

プルシャは観察するだけの純粋な意識原理で、常に解脱の状態にあります。
プルシャは多数存在して、すべてのプルシャの根源である「最高我」と同じにして異なるものだとされます。
サーンキヤ哲学が問題とするのは、この純粋な意識からこれ以外のすべてを排除して、本来の姿を見い出すことです。
サーンキヤ哲学はこの実践に適したように哲学されたためにプルシャとそれ以外の要素という2元論の形をとったのです。
ですから、この2元論はゾロアスター教的な善悪の2元論とは異なります。

純粋意識であるプルシャ以外のすべてのもの、つまり精神世界や物質世界は根本物質である「プラクリティ」から流出します。
インドでは流出を「パリナマ」と言い、日本のインド学ではこれを「開展」と訳します。
プラクリティはすべての現われが生まれる根源なので「アヴィヤクタ(未開展物)」とも呼ばれます。

ただ、プラクリティには内部構造があって、3つの要素が平衡した状態です。
これらは、光、快楽を特徴とする「サットヴァ」、活動と不快を特徴とする「ラジャス」、闇と抑制を特徴とする「タマス」です。
このように物質を元素ではなくて根源的な傾向によって分類する発想は、錬金術で「硫黄、水銀、塩」の3つの傾向を考えることに似ています。

プルシャは世界を享楽し、やがて解脱するためにプラクリティを眺めます。
つまり、インド古典思想としては珍しく、サーンキヤ哲学は宇宙創造の意味を認めているのです。

すると、プラクリティはラジャスが活動を始めて平衡状態が破れ、世界が生まれます。
まず、「ブッディ(思考・判断作用)」、「アハンカーラ(自我意識)」、「マナス(識別作用)」、「5感覚器官」、「5行動器官」が順次生まれます。
さらに5感覚器官から「微細な5大元素」、そして「粗大な5大元素」を生みます。サーンキヤ哲学ではギリシャ哲学でいうヌースのような直観的知性を宇宙論的には考えません。

サーンキヤの実践の方法論として「八成就」があります。
これは仏教の「八正道」のようなものでしょう。
「思量(考える)」、「声(教えを受ける)」、「読誦(師のもとでの学習)」、「依内苦滅(自分の心身の苦を滅する)」、「依外苦滅(他人などによる苦を滅する)」、「依天苦滅(自然や鬼神による苦を滅する)」、「友を得る」、「布施(長期的な学習)」の8つです。

また、瞑想の階梯として「6行観」があります。
これは「粗大な5大元素」、「十一根(5感覚器官・行動器官・マナス)」、「微細な5大元素」、「アハンカーラ」、「ブッディ」、「プラクリティ」の6種類の対象に関して、順に、それが自分自身ではないと理解して離れる、という瞑想法です。
つまり、プラクリティの開展物を一つ一つ自分自身から切り離していく瞑想です。
これは古代の原始仏教が「色(外界の対象)・受(感覚作用)・想(感覚像)・行(感情や意志)・識(識別作用)」という認識プロセスのどの段階も真我ではないと分析したことと似ていま。

サーンキヤ哲はバラモン教「六派哲学」の「ヨガ派」やヒンドゥー教の「ジュニャーナ・ヨガ」の基礎教学となりましたが、中世に徐々に衰退し、ヴェーダーンタ哲学に吸収されていきました。

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オリエント・イランからの影響 [古代・中世インド]

インドの中世には、ヴェーダには存在しなかった様々な思想が現われています。
これにはアレキサンダー以降の相次ぐオリエント勢力の侵入によるヘレニズム文化の影響があると思われます。
この影響は実証することはできませんが、影響があったと考えるのが自然です。
特に、西北インドの仏教へのペルシャ思想の影響は大きいはずです。
7Cにはペルシャ帝国が滅亡して多くの亡命者がインドに来ています。

詳細は省きますが、ヘレニズム文化の影響が考えられるものを列記しましょう。

生滅を繰り返す宇宙というバビロニアの循環宇宙論の影響が、プラーナ以降のヒンドゥー教と小乗仏教の宇宙論に見られます。

また、これと関係するのが、初期のズルワン主義にあった循環する宇宙の3つあるいは4つの時期とそれに対応する神という考え方です。
この影響を考えられるのが、ヒンドゥー教の「創造・維持・破壊」という3つの時期と、それに対応する神の3位一体説「トリムルティ」(ブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァ)です。
「トリムルティ」はミスラ教の3位一体「ミスラ・アフラマズダ・アナーヒター」or「ミスラ・アザゼル・ソフィア」を元にしているのでしょう。

仏教にも3つの時期に消滅期を加えた宇宙の4つの時期という考え方があります。
密教の法身の3段階「自性清浄身・客塵清浄身・智法身」や、ゾクチェンの「本体・自性・エネルギー」の3元論も、トリムルティの影響を考えることができます。

無限時間の神ズルワンの影響を考えられるのが、シヴァの別名マハーカーラ、シヴァの妃カーリー、阿弥陀仏の名であるアミターユス(無量寿如来)、最後の仏教経典の守護尊カーラチャクラ(時輪仏)などです。
これらはどれも時間と関係した神仏です。

光を重視するペルシャの宗教、具体的には光の神アフラもしくはミトラの影響を考えられるのが、ヴィシュヌ、大日如来、阿弥陀仏のもう1つの名であるアミターバ(無量光如来)です。
また、ゾクチェンでも存在の階層を光の階梯として考えます。

また、オリエントの5大元素の影響と考えられるのが、ヴェーダーンタ、サーンキア哲学と仏教の5大元素です。
ただ、インドでは微細な元素と粗大な元素の両方を考えます。
ちなみにヴェーダの考え方は火、水、食物の3大元素でした。
また、ズルワン主義でアフラマズダが5大元素に対応する5大天使を集めて原人間になったことは、「金剛頂経」以降の5仏を中心とした5部体系に影響を与えた可能性があります。

ゾロアスター教の救世主のサオシャントや救世主ミスラの影響を考えられるのが、ヒンドゥー教の救世主カルキンと大乗仏教の菩薩、特にマイトレーヤ(弥勒菩薩)です。
最終戦争というテーマも「カーラチャクラ・タントラ」にあります。

ゾロアスター教の3徳「善行・善語・善思」の影響も考えることができます。
仏教とジャインナ教では「身・口・意」と表現され、これがカルマとの関係で分析されました。
また、密教では「身・口・意」が3密として、成仏の3つの方法論と考えられました。

また、仏教の本初仏である金剛薩タ(土へんに垂)にはヘラクレスの影響が考えられています。

仏教最後の経典「カーラチャクラ・タントラ」は、ミスラ教系の占星術・神智学と、インドのタントリズムを統合したもので、中世インド神智学の最終完成形です。

また、神への絶対的献身を中心とするインドのバクティ思想は、スーフィズムの影響で生まれました。
シク教もスーフィズムとヒンドゥー教の統合・普遍化として生まれました。

また、いくつかの時代に、太陽信仰や占星術を特徴とするミスラ教系のマギがインドに入り、バラモン(マガ僧)と呼ばれるようになっています。
インド占星術の最大の古典である「ブリハット・サンヒター」(6C)を書いたヴァラーハミヒラも、「ミヒラ」はミスラの中世語である「ミフル」由来であり、マガ僧です。


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古代から中世へ [古代・中世インド]

最初にインドの古代から中世にかけての宗教史を押さえておきましょう。

<ヴェーダの思想>

-12~13Cインドに侵入して支配層となった半農半牧のアーリア人の宗教は、「ヴェーダ」を聖典としたバラモン教です。
その特徴は、現世利益を目的とする多神教的な呪術的思想です。
ですから、宇宙と人間の心身、神の世界と自然界が対応関係を持っているという万物照応の世界観が基本です。
儀式における象徴的要素やマントラによって、象徴や自然の背後にある本質的な力、呪術的な力(「ブラフマン」と呼ばれていました)をコントロールして、人間の欲望を実現させるのがヴェーダの思想です。
バラモン達は森林部を開拓して原住民の農業を基盤とした支配体制を生み出しました。

<反ヴェーダの思想>

ですが、-7~5C頃に商業の発達・都市化と共に、輪廻からの解脱を目指す非バラモン的(非アーリア的)な新しい思想が生まれました。
伝統的な身分制であるカースト制を否定する異端派の仏教やジャイナ教です。
彼らはバラモンではなくシャラマナ(沙門)と呼ばれ、森林部で修行し、都市部で勢力を延ばしました。

彼らの思想の特徴は、解脱を目指す現世否定的な思想です。
儀式ではなく瞑想法であるヨガによって、すべての心身の作用を死滅させて、究極的な存在・意識を見出します。
この現世否定的傾向は、その後のインド思想に大きな影響を与えました。

また、非バラモン的な思想の影響を受けて、バラモンの間でも「ヴェーダ」の奥義的な哲学的思想である「ウパニシャッド」が生まれました。

いずれも人格神論ではなく抽象的な原理や、抽象的な原理としての神を問題にしました。
これは否定的にしか表現できないものとされることが多く、否定神学的な傾向がありました。

また、同時期少し異なる流れですが、8C頃に、北インドの遊牧民ヤーヴァダ族のクリシュナ(ヴァースデーヴァ)が、バガヴァッド(ヴァースデーヴァ)と呼ばれる太陽神への献身的な信仰を宗教を生み出しました。
これはバーガヴァタ派と呼ばれ、後のクリシュナ信仰につながります。

<ヘレニズムの影響>

-4Cのアレキサンダーのインド遠征以降、紀元後の頃までギリシャ人のバクトリアや、イラン系のサカ、パルチア、クシャーナなどの民族が次々とインド北西部に侵入しました。
こうして、インド思想とギリシャ・オリエント思想(ヘレニズム思想)が交流しました。

仏教を保護したのは、他地域との交易や多民族性を特徴とする外来系のインターナショナルな王朝でした。
特にマウリア朝は仏教を国教として、積極的にエジプト、ギリシャまで仏教を伝えました。

ちなみに、バクトリアはプラトン一族、新プラトン主義を始めたアンモニオス・サッカスはサカ族出身ということもあり、新プラトン主義のプロティノスには「華厳経」などの仏教の影響があるという説もあります。
 

また、仏教はイラン系宗教の影響から、有神論的・人格神的で救済的な大乗仏教を生み出しました。
大乗仏教の多くは、東イラン・中央アジア地域で発達しました。

<ヒンドゥー教の誕生>

一方、バラモン教は、仏教・ジャイナ教に対抗して、非アーリアンのドラヴィダ人の宗教観を吸収して、救済的・有神論的・民衆的なヒンドゥー教が生まれました。
2大叙事詩が聖典です。
その一部であるバァーガヴァタ派に由来する「バガヴァッド・ギーター」は、献身・帰依を重視し、バクティヨガ、カルマ・ヨガ、ジュニャーナ・ヨガが説かれます。
ヒンドゥー教は基本的には4つのカーストのうち上位の3カーストだけを救いの対象としていました。

4世紀にはグプタ朝という純粋な民族国家が生まれたため、バラモン・ヒンドゥー教のルネッサンスと仏教の弾圧が興りました。
グプタ朝期には、叙事詩的な形式を持つ「プラーナ」と呼ばれる聖典が作られました。
また、「六派哲学」と呼ばれる哲学諸派も形成されました。
「六派哲学」の中でも神秘主義的思想として重要なのは、1元論の「ヴェーダーンタ派」、2元論の「サーンキヤ派」、そしてサーンキア哲学をもとにした実践的な「ヨガ派」です。 
「六派哲学」の聖典は「スートラ」と呼ばれます。

ヒンドゥー教はインドの雑多な民族宗教を指す言葉です。
ゾロアスター教がマズダ教、ミスラ教、アナーヒター教、ズルワン教などのペルシャの諸宗教の総称でもあったように、ヒンドゥー教もヴィシュヌ教、シヴァ教、クリシュナ教、ドゥルーガー教などの総称です。
仏教、ジャイナ教、シク教(ヒンドゥー教とイスラム教の影響を受けた宗教)、そして原住民のマソーバー(水牛崇拝宗教)やマリアイ(女神崇拝宗教)もヒンドゥー教に含むと考えることもあります。

<タントラ>

5世紀には西ローマ帝国を亡ぼしたフン族(匈奴)がインドに侵入し、貨幣経済を破壊しました。
そのため、都市部の商工業者を中心に仏教やジャイナ教は衰退し、インドは中世を向かえます。

その後、仏教は都市周辺の斎場のアウト・カーストの原住民の性的儀礼を持つ母神信仰を取り込み、フン族のシャーマニズム、イラン思想の影響も受け入れながらタントリズム(密教)を生み出しました。
これはジャイナ教、ヒンドゥー教にまで広がって大きな思想運動になりました。

厳密に言えば、「タントラ」と呼ばれる聖典を持つのは、母神信仰をベースにしたシャークタ派だけです。
しかし、シヴァ派の聖典「アーガマ」、ヴィシュヌ派の聖典「サンヒター」も含めて、広義に「タントラ」と呼ばれます。
仏教の場合は中期密教までの経典は「スートラ」ですが、後期密教で「タントラ」となります。

タントリズムは神秘主義色が濃い思想です。
その特徴は、万物照応の世界観を押し進めて、肉体を否定せずにその中にある聖なる部分を探究しました。
具体的には霊的な生理学に基づくヨガと、マントラや神像のイメージを象徴として使った瞑想です。
これにより、心身を徹底的に活性化する、現世肯定的思想となりました。

<イスラム到来>

8C(一説では10C)には、ササン朝の崩壊によってゾロアスター教徒がインドに亡命し、パルシー教と呼ばれるようになります。

10C頃にはイスラム勢力がインドに侵入しました。
そして、スーフィー達が布教にやってきました。
12Cにはイブン・アラビの影響を受けたチシュティー派や、スフラワルディー教団が布教にやってきます。
スーフィー達の愛の神秘主義の影響を受けながら、民衆的なバクティ(帰依・親愛)思想が盛んになります。

また、イスラム教のスーパー・シーア派は、10Cにパミール地方に進出し、15Cにはカシミール、パンジャブ地方に進出しました。
イスマーイール派は16Cにインド、パキスタンに進出し、現在はホジャ派と呼ばれています。
イスマーイール・ニザール派はパミールでスーパー・シーア派とヒンドゥー教を習合してパミール派を興し、その後もインド、パキスタンに進出しました。

16Cには、カビールやナーナクによってヒンドゥー教とイスラム教(スーフィズム)を統合したシク教が生み出されます。
シク教はあらゆる形式主義を廃する方向で、まったく異なる2つの宗教を統合したため、結果的には神秘主義的傾向を持つ宗教となりました。

トルコ系のムガール帝国のアクバル大帝も、ヒンドゥー系諸派と、イスラム系諸派、パルシー教、ジャイナ教、キリスト教などを統合した総合宗教「神の宗教」を創始しようとしました。

また、仏教は反ヒンドゥー教としての存在意義をイスラム教に奪われ、一旦インドで滅びました。
 


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