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プロクロスの帰還 [ヘレニズム・ローマ]

プロクロスはプロティノスの流出の思想を3つの原理「三性(トリアス)」として理論化しました。

まず、一者が生み出したものには一者が内在するので同じ(あるいは類似した)性質を持っていることが「止留」。
次に、とは言っても一者に劣るために相違することが「発出(流出)」。
最後に、一者から生み出されたものが、一者を振り向き、形成され完成されることが「帰還」です。

この「三性」はキリスト教の「三位一体」に相当する新プラトン主義の大原理とされました。
また、この「三性」はヘーゲルの弁証法にも影響を与えました。 
 
プロクロスはプロティノスとは違って、人間の個別的霊魂は全体として物質世界に下降していて、ヌースの世界に残っている部分はないと考えていました。
彼にとって一者へと至る道は、プロティノスのそれと似ていますが少し異なるところもあります。
彼は過程を3つに分けました。まず、肉体的、社会的な欲望を捨てて魂の美を求める「エロース」。
次に、数学的思考や弁証法、ヌースによる純粋思考などによって真理を求めて有にまで至る「哲学的生活」。
最後が一者との合一に至る「信仰」です。プロクロスはキリスト教と同じく一者からの照明を強調します。
 
また、プロクロスは哲学的な観照の道だけでなく、神の力を地上に降ろす魔術的方法である「降神術」をも重視していました。
霊魂よりも低い動植物が、高い存在と関係しているという構造は、動植物を使う魔術を正当化するを論理をも提供したのです。
 
新プラトン主義はプロクロスによって体系化され完成されましたが、529年にはローマ皇帝によってキリスト教以外の宗教や哲学が禁止され、プラトンの創設以来のアカデメイアも閉鎖に追い込まれていきました。
こうして、ヨーロッパ世界(ローマ世界)では純粋な哲学的探究と神秘主義的な古代思想が一旦、終わりを告げたのです。
哲学的探究はイスラム世界に受け継がれましたが、ヨーロッパ世界ではキリスト教神学という形でしか生き残らなかったのです。
ヨーロッパ世界で哲学的探究と古代思想が本格的に復活するには、ルネサンス時代を待たないといけません。

 


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プロクロスの階層と系列 [ヘレニズム・ローマ]

プロティノスの後の新プラトン主義者の中で、特に重要なのはビザンチンで生まれ、アレキサンドリアからアテナイに行き、プラトンの学園アカデメイアの学頭になった5世紀の哲学者プロクロスです。
彼はプロティノスの哲学や他の新プラトン主義者の哲学を、精密かつ総合的に体系化して、後世に大きな影響を与えました。
 
彼はプロティノスの考えた階層性をさらに細かく分けました。
彼はプロティノスの言う「思考対象」を「有(存在)」、「思考作用」を「生命」、と表現して、一者とヌースの中間の存在と考えたのです。
そして、「思考主体」を「ヌース」であるとしました。
つまり、パルメニデス以来の問題であった「認識=存在」の問題を、アリストテレス、プロティノスの考えを踏まえながら、その構造を階層化したのです。
 
また、魂に関しては、大きく「神的霊魂」、「鬼神的霊魂」、「人間霊魂」の3つに分け、さらに「神的霊魂」を「宇宙霊(純粋霊魂)」、「世界霊魂」、「天体霊魂」、「月下の神々の霊魂」の4つに分け、「鬼神的霊魂」を「天使霊魂」、「鬼神霊魂」、「半神霊魂」の3つに分けました。そして、動植物は魂を持たず、魂の似像しか持たないとしました。
つまり、プロクロスにとっては魂と言えるのは「理性的」段階以上だったのです。
 
プロクロスの階層で興味深いのは、上下が対象の関係にあることです。
霊的知性界では上の存在ほど単純で、物質界では下の存在ほど単純なのです。
そして、ある階層の存在はその1つ上の存在から影響を受けるだけではなくて、上下対象の関係にある下の存在は上の存在からも影響を受けるのです。

「一者」は形・性質を持たない点で「純粋素材」と同じで、「純粋素材」は「一者」からも直接生み出されます。
「無生物」は「有」と同様に単に存在して認識される対象となるという性質のみを持っています。
「植物」と「生命」はこれに加えて成長するという性質を持っています。
「動物」と「霊的知性」はこれに加えて非理性的(直観的あるいは直感的)な思考を行うという性質を持っています。
「魂」は中間にあって、物質的世界と霊的世界の両方に向き合うことができて、理性的な思考を行う存在です。

この上下の対象性はルドルフ・シュタイナーの思想に影響を与えました。

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また、プロクロスは同じ階層内でも「一」から「多」へと展開する系列も考えました。
彼自身はこれを縦の階層のように表現していますが、実際には奥行の次元だと解釈できます。
奇妙にも、一者の階層にも多なるものへの展開があるのです。
これは彼の発案ではありませんが、彼によって理論化されました。

まず、各階層の筆頭的な一なる存在の「第一のもの(ヘー・モナス)」とそこから生まれる「多なるもの」に分けることができます。
この「多なるもの」は、「限」と「無限」から合成された「混合されたもの」なのです。
この考えはピタゴラス主義やプラトンの「不文の教説」を思わせます。
その階層の中でも「第一のもの」は特別な存在で、上位の階層の性質を反映します。
これはその階層で最初に生まれたものですが、奥行の次元で考えると、最奥の存在と解釈できるでしょう。

また、「多なるもの(混合されたもの)」には、「限(形・性質)」の優勢なものと、「無限(素材性)」の優勢なものがあります。
「第一のもの」だけでなく、先頭に近いもの(限の優勢なもの、より深層なもの)ほど上位の階層の性質を反映します。

proc_kuyuki.jpg


一者の階層の「多なるもの」は「単一者(ヘナス、複数形はヘナデス)」と呼ばれます。
つまり、一者の一という性質を持った存在が多数存在するのです。
プロクロスはヘルメス主義的な傾向、つまり、多神教的で魔術的な伝統にも親しんでいました。
当時支配的になったキリスト教に対しては、哲学も秘儀宗教もギリシャ神話もヘルメス主義も同じ伝統的な思想に属していたのです。

ですからプロクロスは、伝統的な神々の存在をも哲学的に解釈して認めていました。
一者の階層の「単一者(ヘナデス)」は、ゼウスやアテナなどの神々が最高の次元においてとる姿として哲学的に解釈されたのです。
神々が様々な性質を持っているように、「ヘナデス」も「父/生産/完全/守護/生命/高めるもの/浄化/制作/帰還」などの性質を持っています。

同様に、「存在」、「生命」、「知性」のヌースの階層にも「単位的なもの」と「多なるもの」が存在するのですが、「ヘナデス」が様々な神々だとすれば、これらヌースの様々な存在は様々な天使達とも言えます。
このプロクロスの考えは偽ディオニシオスのキリスト教天使論に影響を与えました。


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イアンブリコスと降神術 [ヘレニズム・ローマ]

イアンブリコスは『カルデア人の神託』などのズルワン主義=カルデア神学やヘルメス主義に大きく傾倒して、高等魔術としての降神術を理論的に擁護し、新プラトン主義の潮流を大きく変えました。

彼の師(先輩)のポリピュリオスは降神術に否定的で、イアンブリコスとの間で降神術の是非に関する論争がありました。
ポリピュリオスが公開質問状を出し、イアンブリコスがこれに エジプト人の名で答えたのが俗に『エジプト人の秘儀について』と呼ばれる書です。
あえてエジプト人の名で答えたのは、新プラトン主義内の分裂を共通の論敵であったキリスト教徒に見せないためでした。
 
イアンブリコスは『カルデア人の神託』の論理を受けて、降神術は神々の方から自発的に人間の魂を光に照らし、上方に引き上げ、人間自身を超越させて神々と合一させるものだと主張しました。
人間の魂の中に「象徴」として先在している神々が、神名と祈りによって喚起され、秘密のエネルギーを働かせ、神々が固有の像を見い出し、光によって魂を照らすのです。
彼は現実的な力としての「象徴」を降神術のキーワードとして考えたのです。

また、彼は言葉は他の言語翻訳されると、同じ力を持たなくなるとして、神名や呪文などの魔術的な言語の意味を強調しました。
そして、音楽の力をも重視しました。
ピタゴラス以来、音楽は天体の調和を表現したものですが、イアンブリコスは、特定のハーモニーは特定の階層の特定の神々に結びついているとして、魔術的に解釈しました。

イアンブリコスはプラトンの太陽の比喩を継承しながら、それを光の神学へと発展させました。
ここにはペルシャ、カルデアの神学の影響もあるでしょう。神の光は「一」であり、神々は外からすべてのものを照らし包みます。
イアンブリコスの存在の階層は、「神々/大天使/天使/ダイモン/英雄達/惑星魂/魂」と続くもので、神々の光はこの系列に沿って下降して人間の魂を照らします。

こうして降神術による神との合一によって得られる知が「予言術」です。
これは知性による認識に先立つもので、神々の知に直接あずかるものなのです。
そして、神々の照明に反応し、「予言術」として神々の知識を得るのは、知性と感覚の中間に位置する人間の表象能力(創造的な想像力)なのです。

イアンブリコスが神的な想像力を重視したことは歴史的な意味があると思います。
これは後のイスラム哲学と類似する考えで、啓示や預言を理論づけることにもつながります。

 


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プロティノスの帰還 [ヘレニズム・ローマ]

プラトン、アリストテレスにとっては、至高存在との合一的体験は、霊的知性(ヌース)の働きである直観的体験でした。
そしてそれは、霊魂が自らのもっとも純粋な本質である霊的知性としての部分に目覚めることでした。
ですが、プロティノスにとっては、一者は霊的知性を超えた存在です。

ですから、一者に帰還する一者との合一的な体験は、霊魂が霊的知性として純粋化するうちに、突然の飛躍によって、霊的知性の働きそのものを消滅させて、自らの外に出ることで体験されるのです。
この飛躍は霊的知性の意識的な努力によるものでもなければ、一者の働きかけによるものでもなく、自然に偶然に起こります。
一者それ自体は常に超越的な状態になるので、下位の存在に思いをこらすような存在ではないのです。
 
プロティノスは一者との合一に至る過程を3つに分けて考えています。
倫理的な行為などの「浄化(準備)」、次が魂本来のヌースの世界を見る「観想(テオリア)」、最後が一者と合一する「合一(エクスタシス)」です。
 
この魂の合一体験は、「上昇」とも表現されますが、実際に魂がヌースや一者といった上位の存在になるのではありません。
魂はどこまでいっても魂なのです。
ですから、上昇/合一はあくまでも、魂に内在するヌースや一者が健在化する過程が、そのように体験されるということです。


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プロティノスの階層 [ヘレニズム・ローマ]

プロティノスは世界をプラトン同様に霊的知性界と物質界(感性界)の2つに大きく分けました。
そして、霊的知性界は至高存在である「一者」、「霊的知性(ヌース)」、「魂」の3つからなります。 
 
ヌースの世界は、すべての部分がすべてを含んでいて、すべてがすべてに対して透明で明瞭な世界です。
ですから、すべての相手の中に自分を見るような世界なのです。この世界観はインドから伝わった仏教の「華厳経」の世界観の影響かもしれません。
ヌースは全体として一体の存在ですが、その様々な側面を分けて考えることはできます。
 
一者はまず、ヌースを素材的な存在として流出します。一者はヌースの「認識(思考)原因」です。
流出された無形のヌースは「認識(思考)」あるいは「認識(思考)作用」と呼ばれます。
これはすぐに一者の方を振り向き、認識して形成されます。
この認識し形成されたヌースは「認識(思考)主体」です。
一方、一者は「認識対象」でもあるのです。
ヌースが認識対象とするのは一者か、ヌース自身です。
 
アリストテレスが考えたようにヌースは認識主体と認識対象が同じで一体なのですが、ここにはある種の分離があると言えます。
グノーシス主義が最初の創造を認識主体と対象(像)の分離と考えたように、プロティノスも原初の創造を分離として考えています。
 
ヌースは一者を見ることで下位の存在である魂を創造します。
ヌースが魂の世界を創造するという側面から見ると「創造神(デミウルゴス)」と表現され、この創造の模範という側面から見ると「イデア」と表現されます。
そして、霊的知性の世界から生まれて魂を形作るものが「ロゴス」です。
「ロゴス」は生命なき自然にも浸透しますが、特に生命を形作る「ロゴス」をストアの言葉である「種子的ロゴス」で表現します。
 
「魂」にはその本来の場所である霊的知性界に存在したままの清浄な存在で、すべての魂の根源になる「純粋霊魂(全体霊魂)」と、それから生まれて物質界に下降していはいますが、それからほとんど離れていない宇宙全体の魂である「世界霊魂」、そして「純粋霊魂」から離れてしまっている星や人間、動植物のような個的な生物の魂である「個別霊魂」があります。

「純粋霊魂」はヌースとほとんど同次元の存在なので、その女性的側面と考えることもできます。
また、「世界霊魂」と「個別霊魂」は「姉妹」の関係にあると表現されます。
ヌースは「父」とも表現されるので、「純粋霊魂」は「母」と表現できるかもしれません。
ちなみに、彼はギリシャ神話を解釈して、天神ウラノスを「一者」、クロノスを「ヌース」、ゼウスを「世界霊魂」に相当する存在と考えました。
また、ゼウスを「ヌース」、アフロディテを「純粋霊魂」に相当するとしていることもあります。

また、プロティノスは魂は単純に下位の存在ほど劣るというわけではなく、下位の存在はその分、宇宙的な法則に従っていると考えました。
例えば、植物魂は世界霊魂から直接生まれるのです。
 
人間の「魂」に関しては、プロティノスは、新プラトン主義の伝統にさからって、霊魂の一部は常に霊的知性界に残っていると考えました。
ここには、霊魂の本質は宇宙の外の神の世界にあるとしたグノーシス主義の影響があるかもしれません。
また、人間の魂は死後に霊的知性界に戻りますが、普通の人間の魂は、因果の法則によってまた物質界に生まれ変わります。
 
このように魂の上部は霊的知性界に留まり、下部は物質界に下って、上の向いてはヌースを観照し、下を向いては質料に生命を与えて支配します。
物質界を生むので魂の中の最下部にあたる「植物魂」です。
「植物魂」はまず、暗黒の無形の物質世界を生み、2度目にこれを見て形を与えてその中に入ります。
通常は下位の存在が上位の存在を振り返るのですが、存在の最下位である質料にはこれができないので、「植物魂」が見るのです。
 
物質的な自然は形を持たない最下位の存在である「質料」から構成されます。
「質料」もまた形の一つでもあるのですが。プロティノスは「素材」や自然を、非物体的、非存在と考えました。
「質料」は魂が働くための単なる「場所」、魂を移す「鏡」のような存在と考えました。「質料」は「闇」のようで、「悪」なのです。
つまり、至高存在(形・性質)と素材、という2元論的な見方や、ペルシャの思想やグノーシス主義が考えるような実体としての悪の存在をも否定した、徹底的な一元論なのです。

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プロティノスの流出 [ヘレニズム・ローマ]

プロティノスの第2の特徴は、世界が至高存在から段階的に順次一つ下位の存在が上の存在から生み出されるという世界観を、初めて哲学的に体系化したことです。
この世界観はアレキサンドリア思想の特徴でもあります。

プラトンは日常意識から至高意識へと至る神秘体験の上昇のプロセスのみを、霊魂の復帰として語りました。
プロティノスはこれに加えて、至高意識から日常意識へという神秘体験の下降のプロセスを、宇宙生成の諸段階として語り、形而上学的に哲学化したのです。
これはプラトンやアリストテレスが「思索」の結果、宇宙の階層性を形・性質の実現度や普遍性の度合として語ったのとはまったく異なります。

そして、プロティノスは、至高存在である一者が世界を生み出すことを、泉から水が自然に溢れることに喩えて「流出(発出)」と表現しました。
ですから、一者とすべての世界は一体で連続しています。無である一者はその充填する性質から自然に無目的に流出を起こし、無限的な存在からしだいに限定されて宇宙が形成されていきます。
そして、一者は世界に内在して、また逆に、世界の一切は一者を憧れて観照することによってそこに「帰還」します。

ですが、この流出は過去のできごとではなくて、帰還も未来のできごとではありません。
流出と帰還は無時間的に常に起こっているのです。
つまり、プロティノスの宇宙論にはゾロアスター教のような直線的な時間も、ズルワン主義のような循環する時間もなく、宇宙は永遠に存在し続けるのです。

一者は流出による創造を行なっても、一切、不変不動です。
また、一者は下位の存在には無関心です。
これはキリスト教の神が愛(恩恵)によって積極的に下位の存在に関わることと対照的です。
一者に限らず、流出による創造は2段階で行われます。

まず、素材として生み出され、次にその素材が自ら上の存在を振り返ることで形作られます。
この形作られることが「帰還」なのです。
ですから、素材はそれぞれの段階にあって階層性があることになります。

また、流出されたものは上位の存在の似像です。
そして、生み出された形成された存在は上位の存在を見ることだけで、さらに下位の存在を生み出します。
下位の存在は創造力の点で上位の存在に劣り、最下位の存在である「質料」は何も生まないので、したがって「悪」だとされます。

プロティノスによれば一者からの創造は自然なもので、また、人間の魂が物質界へ下ることも、罪によって堕落した結果ではなくて必然的な過程だとされます。
ですが、魂がヌースに向かわずに身体に縛られてしまうことは悪です。
プロティノスは「魂が父を忘却したのは、最初の差別を立てて、自分を自分だけのものにしようと欲したから」と書いています。
魂は物質界に下ることによって、物質界の不完全さ、ヌースの世界の完全性を認識することができるようになります。
そして、人間は全自然が一者を憧れ目指すことの代表者として、一者に帰還する観照体験によって全自然に満足を与える存在なのです。

 


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プロティノスの一者 [ヘレニズム・ローマ]

プロティノスはペルシャ、インドには行くことができませんでしたが、オリエントの様々な神秘思想の影響を受けたと想像されます。
ですが、彼はあくまでも中期プラトンの神秘哲学の継承者として語りました。そして、スペウシッポスやアルビノスの思想を受け継ぎながら、ギリシャ系神秘主義哲学の古典期における大成者となりました。
彼はプラトンが至高存在について語ることをためらったのと反対に、至高存在について可能なかぎり徹底的に語り、プラトンの秘教的な部分を発展させたのです。
また、アリストテレスの自然神秘主義的側面をも受け継いでいます。

プロティノスの第1の特徴は、まず、プラトンの「善イデア」とアリストテレスの「思考の思考」を超えたもの、「ヌース」を超えたものとして「一者(一なるもの)」を置きます。
そして、それを「無」として否定的にしか表現できないものとして明確に捉えことです。

プラトンが最もつっこんで至高存在について書いたのは「国家」です。
プラトンはそこで至高存在を「善なるもの」と表現し、実在を越えた存在としました。
つまり、プラトンはここでのみ至高存在を「善のイデア」ではなくて、イデアを越えた「善なるもの」だと語っているのです。
また、「パルメニデス」では「一」を「有(存在)」も持たず、知識の対象にならないものと表現しています。
プロティノスはこれらの記述と不文の教説を受け継いだと言えます。

プロティノスは一者を、多くは「かのもの」と呼びます。これは一者が表現しえないものだからです。
彼がそれを「一者」や「善なるもの」と呼ぶのは仮の表現だとも言えます。
彼は、例えば、まずプラトン同様に「善そのもの」と仮定的に言って、すぐに「善でない」、「善を越えた存在」とそれを否定し、最後に「善を越えた善」として再度肯定するような仕方で表現しました。
つまり、プロティノスはプラトンと同様な道を辿りながらプラトンを越えたところまで上昇して、再度下降してくるのです。
これはアルビノスの言う「肯定の道」と「否定の道」を総合するものかもしれません。

また、アリストテレスが至高存在を「思考の思考」として捉えましたが、これは直観的な思考を行う存在と思考される対象の2つが一体になっていると言う意味です。
ですが、プロティノスの一者はこの思考を生み出す原因です。
彼はこれを絶対的に一なる思考として、「絶対思考」とも表現しました。 

アリストテレスが至高存在をあらゆる形・性質が実現したものとしたのに対して、プロティノスの一者は形・性質が存在しない「無(無相)」なのです。
ですが、プロティノスの一者は決して形・性質を受け入れる素材ではなく、それを生み出す存在です。
プロティノスの階層では最上部において形・性質がなくなるのですから、彼の哲学はプラトン、アリストテレスの哲学を受け継ぎながら、彼らにように形・性質を絶対視しないという性質を持っているのです。


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新プラトン主義 [ヘレニズム・ローマ]

「新プラトン主義」は古代哲学の最後を飾る哲学で、ギリシャの神秘主義的な哲学の大成された形を示しています。
そして、中世以降のイスラム世界や西欧世界の神智学、神学、哲学に大きな影響を残しました。「新プラトン主義」という呼び名は後世の学者によるもので、「アレキサンドリア学派」と呼ばれることもあります。
ただ、アレキサンドリア、シリア、ローマ、アテナイなど各地で約300年に渡る活動を総称したものなので、その思想内容は様々です。

新プラトン主義は2-3世紀のアレキサンドリアの神智学者アンモニオス・サッカスに始まります。
この名前は彼がサカ族の出身者ということを示しているという説があります。
サカはペルシャ系の遊牧民族で、2-5Cには西北インドに王朝を立てました。
ですから、彼のバックボーンにはペルシャやインド思想があったかもしれません。
彼は著書を残しませんでしたが、プラトンとエジプト神学の影響を受けたようです。
先に書いたように、「神智学」という言葉を使い始めたのは、アンモニオス・サッカスの一派です。

新プラトン主義を代表する神智学的な哲学者のプロティノスは、エジプト内陸部に生まれ、アレキサンドリアでアンモニオスの弟子となり、ペルシャとインドに行こうとしてペルシャヘの遠征軍に参加しましたが、これを果たせず、その後ローマで活動しました。
もしペルシャに渡っていると、マニとの歴史的な出会いを果たしていたかもしれません。
抽象的思考に長けた哲学的神智学の天才プロティノスと、神話的思考に長けた啓示宗教的神智学の天才マニが出会っていると、神智学の歴史は大きく変わっていたでしょう。

プロティノスの弟子のポリピュリオスはシリアで生まれ、ローマでプロティノスの弟子となりました。
また、ポリピュリオスの弟子イアンブリコスはシリアで活動しました。新プラトン主義最後の大哲学者プロクロスはビザンティンで生まれ、アテナイで活動しました。

プロティノスは純粋な哲学者で、プラトン的な観照と抽象的な思考を重視しました。
ですが、他の多くの新プラトン主義者、特にイアンブリコス以降はズルワン主義やヘルメス主義の影響を強く受けて、プラトンの著作と共に『カルデア人の神託』を聖典していました。
彼ら自身は自分達の思想をプラトン神学というよりもカルデア神学だと考えていたかもしれません。
彼らは秘儀の伝授を受け、降神術(高等魔術)も重視していました。

 


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マニ教 [ヘレニズム・ローマ]

マニ教はバビロニア生まれのマニが3Cに興した宗教で、ズルワン主義=ミスラ教のヘレニズム的形態です。
マニ教については、姉妹サイト「神話と秘儀」の「マニ教とオフルマズドの犠牲」も参照してください。

「マニ」という言葉もミスラに由来します。
一般に、グノーシス主義のイラン的形態と言われていますが、マニ教は世界を悪神によって創造とされたと考えませんので、グノーシス主義とは言えません。
ですが、世界が悪魔の死体から作られたという点では、現世否定的で、グノーシス主義的傾向があるとは言えるでしょう。

また、マニ教にはミトラ教、キリスト教、仏教、グノーシス主義などを取り入てた折衷的な宗教で、神格を固有名詞ではなく普通名詞で表現して世界各地で布教しました。
後の節、章でも触れるように、マニ教はユーラシア的規模で、特に中央アジアから中国まで、東方世界で大きな影響を残しました。

マニ教の神話については、姉妹サイト「神話と秘儀」の「マニ教とオフルマズドの犠牲」をお読みください。
この項ではそれとは別に、神智学的観点から紹介しましょう。

まず、マニ教はズルワン主義やマズダ教とは違って、原初に善悪の2つの原理「偉大な父/闇の王」を立てるので、「絶対的2元論」だと言えます。

光の国の「偉大な父」の回りには、5つのシェキナー(光輝・住居)である「知性/知識/思考/思慮/決心(あるいは柔和/奥義/洞察)」がいます。
これらはゾロアスター教のアムシャ・スプンタの相当する大天使的存在で、これらは光の国の大気を形成しています。そして、光の国の大地は光の5元素である「空気/風/光/水/火」で構成されています。

一方、闇の国の「闇の王」の回りには、5つのアイオーン(悪霊)であり闇の大地を構成するや闇の5元素である「煙/火/風/水/闇(あるいは霜/熱風)」がいます。
その後生まれる宇宙はこの光と闇の5元素の混合体です。
このように、ロゴスやイデアの有無ではなく、元素まですべてを善悪の2つの原理で考える点がマニ教の絶対的2元論の特徴です。

ズルワンに相当する「偉大なる父」は、アナーヒターやソフィアに相当する「生命の母」を、そして、息子でアフラマズダやミスラ、ロゴスに相当する「原人間」を、次に5大元素の大天使に相当する「5人の息子」を生み出します。

「原人間」は「5人の息子」をにして、「闇の王」とその「5人の息子」と戦い、まるで毒を盛るように、自ら彼らに食われます。
つまり、「原人間」やそれから生まれる霊魂は、堕落によるのではなく、自ら悪を克服するために悪の中に身を落としたとする点がマニ教の大きな特徴です。

「偉大なる父」は、「原人間」達を救済するミスラに相当する「光の友」、「偉大な建築者」、「生ける霊」を生みます。この3者にはほぼ共に働くので、一体の存在とも考えられます。
宇宙は闇の中に残った光を分離するための機械として、悪のアルコーン達の遺体から作られます。
宇宙はゾロアスター教のように悪を閉じ込めて撃退する「牢獄」ではなく、光の「分離器」なのです。太陽と月は分離した光の集積所です。

また、12宮の霊である「12人の処女」は抽象的に「王権/知恵/勝利/確信/廉直/真理/信心/寛容/正直/善行/正義/光」と呼ばれます。
そして、宇宙には10天と8地があります。

次にやはりミスラに相当する「第3の使者」が生み出され、彼が宇宙を働かしま悪魔達の情欲を刺激して光を回収しますが、悪達は光の回収を防ぐために光を人間に集めて欲を植え付けます。
つまり、人間が生殖によって子孫を残すことは、光を奪われないための悪魔の陰謀なのです。
この考え方にも徹底的な現世否定主義的な絶対的2元論があります。

次に「輝くイエス」が人間に対する啓示者として現れます。
彼は、「偉大なる父」からの使者であると同時に、「闇」の中に堕ちた「光」の人格化でもあって、「原人間」の受苦の象徴でもあるのです。
その後に現れたマニ自身は、キリスト教のヨハネ福音書に語られる「救いの霊」、「真理の霊」だと考えました。そして、終末には「光の狩人(大いなる思考)」が最終的な救済者としてやってきます。

(マニ教の神格の展開)
偉大なる父
生命の母/原人間/5人の息子
光の友/偉大なる建築者/生ける霊
第3の使者/12の処女
輝くイエス
真理の霊・救いの霊
光の狩人(大いなる思考)

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カルデア人の神託 [ヘレニズム・ローマ]

ズルワン主義のヘレニズム的形態として、2C後半にトルコで生まれたのが『カルデア人の神託(カルデアン・オラクル)』です。
この書はゾロアスターがミスラから得た知識という形式で、ユリアノスが降神術による啓示によって書きました。
原本自体は失われてしまいましたが、後期の新プラトン主義者によって聖典とされたために、彼らの解説などによってその内容が伝えられています。

その内容はヘレニズム独特の折衷主義的なもので、ズルワン主義の他にプラトン主義、グノーシス主義、ヘルメス主義などの影響を感じさせます。
そして特徴的なのは、降神術/高等魔術に関して体系的に述べた最古の書であることです。

『カルデア人の神託』によれば、至高存在は「父=深淵=始原=知=一者=善」と呼ばれ、これが「父/力/知性」という3つの存在に展開して現れます。
「力」は女性的存在で「父」と「知性」を媒介します。
「知性」は「父=知」に対する第2の知性で、イデアに基づいて世界を形成する創造神(デミウルゴス)です。
これらはぞれぞれズルワン主義の「両性具有のズルワン」/「父ズルワン/アナーヒター/ミスラ」に相当します。

世界は直観的知性による「浄火界」、天球に相当する「アイテール界」、物質的世界である「月下界」の3つから構成されています。
そして、それぞれは「超宇宙的太陽」、「太陽」、「月」によって支配されています。知的諸階層のそれぞれにはその階層を統合する「結合者」がいます。
また、3つの世界のそれぞれにも「秘儀支配者」がいます。
後者は「超宇宙的太陽」、「太陽」、「月」と同じかその霊的実体です。
そして、「天使」、「ダイモン」、「英雄」が神と普通の人間の間に階層をなして存在して、人間を天上に引き上げる働きをします。

また、「イウンクス」なる道具が魔術に重要な働きをします。
これはうなり音を発するコマのようなもので、そのうなり音を変化させることによって、魔術の目的に合った天上の様々な霊的な力に共鳴してそれを働かせるのです。
「イウンクス」はこの地上の道具であると同時に、天上の存在でもあります。
この天上の「イウンクス」はイデアに相当し、神と地上世界を媒介する存在なのです。

『カルデア人の神託』が述べる魔術は主に神像や人間に神を降ろして、聖化したり質問をしたりすること、つまり、降神術です。
その方法論は照応の理論によるもので、特定の神格と同調する動・植・鉱物を利用したり、「イウンクス」同様に神格と同調する波動を発する呪文や神名を発することです。

(カルデアン・オラクルの存在の階層)
父=深淵=一者
 
 
 
知性=デミウルゴス
 
浄火界
超宇宙的太陽
─ 結合者 ─ 
大天使
アイテール界
太陽
─ 結合者 ─ 
天使
月下界
─ 結合者 ─
ダイモン
 
英雄
 
人間
 
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