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オリエント・イランからの影響 [古代・中世インド]

インドの中世には、ヴェーダには存在しなかった様々な思想が現われています。
これにはアレキサンダー以降の相次ぐオリエント勢力の侵入によるヘレニズム文化の影響があると思われます。
この影響は実証することはできませんが、影響があったと考えるのが自然です。
特に、西北インドの仏教へのペルシャ思想の影響は大きいはずです。
7Cにはペルシャ帝国が滅亡して多くの亡命者がインドに来ています。

詳細は省きますが、ヘレニズム文化の影響が考えられるものを列記しましょう。

生滅を繰り返す宇宙というバビロニアの循環宇宙論の影響が、プラーナ以降のヒンドゥー教と小乗仏教の宇宙論に見られます。

また、これと関係するのが、初期のズルワン主義にあった循環する宇宙の3つあるいは4つの時期とそれに対応する神という考え方です。
この影響を考えられるのが、ヒンドゥー教の「創造・維持・破壊」という3つの時期と、それに対応する神の3位一体説「トリムルティ」(ブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァ)です。
「トリムルティ」はミスラ教の3位一体「ミスラ・アフラマズダ・アナーヒター」or「ミスラ・アザゼル・ソフィア」を元にしているのでしょう。

仏教にも3つの時期に消滅期を加えた宇宙の4つの時期という考え方があります。
密教の法身の3段階「自性清浄身・客塵清浄身・智法身」や、ゾクチェンの「本体・自性・エネルギー」の3元論も、トリムルティの影響を考えることができます。

無限時間の神ズルワンの影響を考えられるのが、シヴァの別名マハーカーラ、シヴァの妃カーリー、阿弥陀仏の名であるアミターユス(無量寿如来)、最後の仏教経典の守護尊カーラチャクラ(時輪仏)などです。
これらはどれも時間と関係した神仏です。

光を重視するペルシャの宗教、具体的には光の神アフラもしくはミトラの影響を考えられるのが、ヴィシュヌ、大日如来、阿弥陀仏のもう1つの名であるアミターバ(無量光如来)です。
また、ゾクチェンでも存在の階層を光の階梯として考えます。

また、オリエントの5大元素の影響と考えられるのが、ヴェーダーンタ、サーンキア哲学と仏教の5大元素です。
ただ、インドでは微細な元素と粗大な元素の両方を考えます。
ちなみにヴェーダの考え方は火、水、食物の3大元素でした。
また、ズルワン主義でアフラマズダが5大元素に対応する5大天使を集めて原人間になったことは、「金剛頂経」以降の5仏を中心とした5部体系に影響を与えた可能性があります。

ゾロアスター教の救世主のサオシャントや救世主ミスラの影響を考えられるのが、ヒンドゥー教の救世主カルキンと大乗仏教の菩薩、特にマイトレーヤ(弥勒菩薩)です。
最終戦争というテーマも「カーラチャクラ・タントラ」にあります。

ゾロアスター教の3徳「善行・善語・善思」の影響も考えることができます。
仏教とジャインナ教では「身・口・意」と表現され、これがカルマとの関係で分析されました。
また、密教では「身・口・意」が3密として、成仏の3つの方法論と考えられました。

また、仏教の本初仏である金剛薩タ(土へんに垂)にはヘラクレスの影響が考えられています。

仏教最後の経典「カーラチャクラ・タントラ」は、ミスラ教系の占星術・神智学と、インドのタントリズムを統合したもので、中世インド神智学の最終完成形です。

また、神への絶対的献身を中心とするインドのバクティ思想は、スーフィズムの影響で生まれました。
シク教もスーフィズムとヒンドゥー教の統合・普遍化として生まれました。

また、いくつかの時代に、太陽信仰や占星術を特徴とするミスラ教系のマギがインドに入り、バラモン(マガ僧)と呼ばれるようになっています。
インド占星術の最大の古典である「ブリハット・サンヒター」(6C)を書いたヴァラーハミヒラも、「ミヒラ」はミスラの中世語である「ミフル」由来であり、マガ僧です。


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古代から中世へ [古代・中世インド]

最初にインドの古代から中世にかけての宗教史を押さえておきましょう。

<ヴェーダの思想>

-12~13Cインドに侵入して支配層となった半農半牧のアーリア人の宗教は、「ヴェーダ」を聖典としたバラモン教です。
その特徴は、現世利益を目的とする多神教的な呪術的思想です。
ですから、宇宙と人間の心身、神の世界と自然界が対応関係を持っているという万物照応の世界観が基本です。
儀式における象徴的要素やマントラによって、象徴や自然の背後にある本質的な力、呪術的な力(「ブラフマン」と呼ばれていました)をコントロールして、人間の欲望を実現させるのがヴェーダの思想です。
バラモン達は森林部を開拓して原住民の農業を基盤とした支配体制を生み出しました。

<反ヴェーダの思想>

ですが、-7~5C頃に商業の発達・都市化と共に、輪廻からの解脱を目指す非バラモン的(非アーリア的)な新しい思想が生まれました。
伝統的な身分制であるカースト制を否定する異端派の仏教やジャイナ教です。
彼らはバラモンではなくシャラマナ(沙門)と呼ばれ、森林部で修行し、都市部で勢力を延ばしました。

彼らの思想の特徴は、解脱を目指す現世否定的な思想です。
儀式ではなく瞑想法であるヨガによって、すべての心身の作用を死滅させて、究極的な存在・意識を見出します。
この現世否定的傾向は、その後のインド思想に大きな影響を与えました。

また、非バラモン的な思想の影響を受けて、バラモンの間でも「ヴェーダ」の奥義的な哲学的思想である「ウパニシャッド」が生まれました。

いずれも人格神論ではなく抽象的な原理や、抽象的な原理としての神を問題にしました。
これは否定的にしか表現できないものとされることが多く、否定神学的な傾向がありました。

また、同時期少し異なる流れですが、8C頃に、北インドの遊牧民ヤーヴァダ族のクリシュナ(ヴァースデーヴァ)が、バガヴァッド(ヴァースデーヴァ)と呼ばれる太陽神への献身的な信仰を宗教を生み出しました。
これはバーガヴァタ派と呼ばれ、後のクリシュナ信仰につながります。

<ヘレニズムの影響>

-4Cのアレキサンダーのインド遠征以降、紀元後の頃までギリシャ人のバクトリアや、イラン系のサカ、パルチア、クシャーナなどの民族が次々とインド北西部に侵入しました。
こうして、インド思想とギリシャ・オリエント思想(ヘレニズム思想)が交流しました。

仏教を保護したのは、他地域との交易や多民族性を特徴とする外来系のインターナショナルな王朝でした。
特にマウリア朝は仏教を国教として、積極的にエジプト、ギリシャまで仏教を伝えました。

ちなみに、バクトリアはプラトン一族、新プラトン主義を始めたアンモニオス・サッカスはサカ族出身ということもあり、新プラトン主義のプロティノスには「華厳経」などの仏教の影響があるという説もあります。
 

また、仏教はイラン系宗教の影響から、有神論的・人格神的で救済的な大乗仏教を生み出しました。
大乗仏教の多くは、東イラン・中央アジア地域で発達しました。

<ヒンドゥー教の誕生>

一方、バラモン教は、仏教・ジャイナ教に対抗して、非アーリアンのドラヴィダ人の宗教観を吸収して、救済的・有神論的・民衆的なヒンドゥー教が生まれました。
2大叙事詩が聖典です。
その一部であるバァーガヴァタ派に由来する「バガヴァッド・ギーター」は、献身・帰依を重視し、バクティヨガ、カルマ・ヨガ、ジュニャーナ・ヨガが説かれます。
ヒンドゥー教は基本的には4つのカーストのうち上位の3カーストだけを救いの対象としていました。

4世紀にはグプタ朝という純粋な民族国家が生まれたため、バラモン・ヒンドゥー教のルネッサンスと仏教の弾圧が興りました。
グプタ朝期には、叙事詩的な形式を持つ「プラーナ」と呼ばれる聖典が作られました。
また、「六派哲学」と呼ばれる哲学諸派も形成されました。
「六派哲学」の中でも神秘主義的思想として重要なのは、1元論の「ヴェーダーンタ派」、2元論の「サーンキヤ派」、そしてサーンキア哲学をもとにした実践的な「ヨガ派」です。 
「六派哲学」の聖典は「スートラ」と呼ばれます。

ヒンドゥー教はインドの雑多な民族宗教を指す言葉です。
ゾロアスター教がマズダ教、ミスラ教、アナーヒター教、ズルワン教などのペルシャの諸宗教の総称でもあったように、ヒンドゥー教もヴィシュヌ教、シヴァ教、クリシュナ教、ドゥルーガー教などの総称です。
仏教、ジャイナ教、シク教(ヒンドゥー教とイスラム教の影響を受けた宗教)、そして原住民のマソーバー(水牛崇拝宗教)やマリアイ(女神崇拝宗教)もヒンドゥー教に含むと考えることもあります。

<タントラ>

5世紀には西ローマ帝国を亡ぼしたフン族(匈奴)がインドに侵入し、貨幣経済を破壊しました。
そのため、都市部の商工業者を中心に仏教やジャイナ教は衰退し、インドは中世を向かえます。

その後、仏教は都市周辺の斎場のアウト・カーストの原住民の性的儀礼を持つ母神信仰を取り込み、フン族のシャーマニズム、イラン思想の影響も受け入れながらタントリズム(密教)を生み出しました。
これはジャイナ教、ヒンドゥー教にまで広がって大きな思想運動になりました。

厳密に言えば、「タントラ」と呼ばれる聖典を持つのは、母神信仰をベースにしたシャークタ派だけです。
しかし、シヴァ派の聖典「アーガマ」、ヴィシュヌ派の聖典「サンヒター」も含めて、広義に「タントラ」と呼ばれます。
仏教の場合は中期密教までの経典は「スートラ」ですが、後期密教で「タントラ」となります。

タントリズムは神秘主義色が濃い思想です。
その特徴は、万物照応の世界観を押し進めて、肉体を否定せずにその中にある聖なる部分を探究しました。
具体的には霊的な生理学に基づくヨガと、マントラや神像のイメージを象徴として使った瞑想です。
これにより、心身を徹底的に活性化する、現世肯定的思想となりました。

<イスラム到来>

8C(一説では10C)には、ササン朝の崩壊によってゾロアスター教徒がインドに亡命し、パルシー教と呼ばれるようになります。

10C頃にはイスラム勢力がインドに侵入しました。
そして、スーフィー達が布教にやってきました。
12Cにはイブン・アラビの影響を受けたチシュティー派や、スフラワルディー教団が布教にやってきます。
スーフィー達の愛の神秘主義の影響を受けながら、民衆的なバクティ(帰依・親愛)思想が盛んになります。

また、イスラム教のスーパー・シーア派は、10Cにパミール地方に進出し、15Cにはカシミール、パンジャブ地方に進出しました。
イスマーイール派は16Cにインド、パキスタンに進出し、現在はホジャ派と呼ばれています。
イスマーイール・ニザール派はパミールでスーパー・シーア派とヒンドゥー教を習合してパミール派を興し、その後もインド、パキスタンに進出しました。

16Cには、カビールやナーナクによってヒンドゥー教とイスラム教(スーフィズム)を統合したシク教が生み出されます。
シク教はあらゆる形式主義を廃する方向で、まったく異なる2つの宗教を統合したため、結果的には神秘主義的傾向を持つ宗教となりました。

トルコ系のムガール帝国のアクバル大帝も、ヒンドゥー系諸派と、イスラム系諸派、パルシー教、ジャイナ教、キリスト教などを統合した総合宗教「神の宗教」を創始しようとしました。

また、仏教は反ヒンドゥー教としての存在意義をイスラム教に奪われ、一旦インドで滅びました。
 


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イスマーイール派神話の哲学化 [イスラム教]

イスマーイール派の神話は、ファーティマ朝期にスィジスターニやキルマーニーらによって哲学化されました。

<スィジスターニ>

スィジスターニは新プラトン主義の影響がペルシャ学派の哲学者です。
彼はカルマト派の神話・思想とペルシャ学派の哲学を統合しました。

スィジスターニにとっての究極存在である神は、不可知の神です。
「神はAでない」「神は非Aでもない」と二重否定でしか表現されません。

神は「あれ!」という言葉と同一視される「創定行為」によって第一の存在者である「知性」=「第一被造物」を創造します。
「知性」はその後の流出の起源であり、形相と質料の起源です。

「知性」は「普遍霊魂」=「第二被造物」=「後継者」を流出します。
「知性」が現実態において完全であるのに対して、「普遍霊魂」は可能的存在です。

「霊魂」は「自然」と流出しますが、「自然」に惹きつけられて下位世界に下降します。
そのため、「霊魂」は「知性」との距離が出来て「不安」を持つ存在なのです。

「自然」は「7天球」、「4元素」、「鉱物」、「植物」、「動物」、「人間」という段階で流出・創造します。

「普遍霊魂」は人間の中には「部分霊魂」として入り込みます。
人間は死後に「普遍霊魂」に復帰できます。
そのためには、肉体の束縛を離れた純粋形相に対する認識(グノーシス)が必要です。
人間がグノーシスを得るためには、聖職者の組織が必要です。

以上のように、スィジスターニはプロティノス的な神・知性・霊魂の3位階を考えていて、プトレマイオス的な10階層を取り入れたペルシャ学派のファーラビーの流れとは異なります。

しかし、また同時に、スィジスターニも7つの周期、7人の告知者、7文字の獲得というカルマト派の神話を共有しています。
カーイムは「知性」からの導きを受けた特別な存在です。
そして、「純粋霊魂」である最後のカーイムの出現によって、人間は肉体を離れて、元の位階に復帰した普遍霊魂に一体化します。


<キルマーニー>

キルマーニーの哲学は、ファーティマ朝の主流です。
宇宙論的には、スィジスターニとは異なり、プトレマイオス的な10階層を取り入れたファーラビーの流れにあります。
また、宇宙論に「堕落」を含まないなど、神話的側面が希薄なことも特徴です。

キルマーニーの哲学は、ファーティマ朝が終末を成就できなかった現実を正当化する必要に答える部分があります。
彼はファーティマ朝を、千年王国のような存在として位置づけます。


究極存在としての神を、二重否定を用いて定義する点はスィジスターニと同じです。
神による無からの創造(創定行為)を流出の上に接合する点も同様です。

ただ、「あれ!」という創定行為を、神の側よりも「第一知性」の側に考えることで、神の不可知性を徹底させます。
「第一知性」は神を思考することはできません。
神と「第一知性」の間には、絶対的な断絶があるのです。

神は「第一知性」を創造しますが、その後、「第一知性」は2系列の知性を流出します。

一つは現実態の「現実知性(離在知性)」の系列です。
これは質料を伴わない知性であり、天使でもあります。
これらは「第二知性(第一流出体)」から「第十知性」までです。
「第一知性」はアリストテレスの言う「不動の動者」であり、「第十知性」は「能動的知性」です。
また、「第二知性」をスィジスターニの「普遍霊魂」と見なしています。

もう一つは「可能知性」の系列で、「質料」と「形相」からなる天球や天体、そして自然などの存在です。
これらは「第三存在者(最高天球)」から「自然(月下界)」までの10の存在です。
「第三存在者」はアリストテレスの言う「第一質料」でもあります。
「自然(月下界)」は「生成消滅界」とも呼ばれます。
そして、天体の霊魂も、人間の霊魂も「可能知性」です。

10の「現実知性」=天使は、それぞれ対応する10の天球を支配します。

各知性には人格的に表現される側面は少なく、流出は機械的に起こり、堕落は存在しません。

(キルマーニーにおける3つの階層の対応)
------------------
<可能知性>
<現実知性(天使)>
地上の聖職者>
最高天球(第三者)
第一知性(不動の動者)
告知者
第二天球
第二知性
基礎者
第三天球(土星)
第三知性
イマーム
第四天球(木星)
第四知性
バーブ(門)
第五天球(火星)
第五知性
第六天球(太陽)
第六知性
第七天球(金星)
第七知性
第八天球(水星)
第八知性
第九天球(月)
第九知性
月下の自然
第十知性(能動的知性
入門者


「第一知性」は「一者性」を持つ一なるものですが、同時に、10の属性を持つ多なるものです。
10の属性は、「創定行為」「真理」「一者性」「完璧性」「完全性」「永遠性」「知性」「知識」「能力」「生命」です。

「第一知性」は「生命」を本質としながら、他の9の属性を付帯しています。
このような存在として、「第一知性」は「第一完全態(第一究極)」であるとされます。

「第一知性」から流出した人間の霊魂は、可能態である「可能知性」の状態になっています。
そして、人間は、「現実知性」となって「第二完全態(第二究極)」を目指します。
「第二完全態」は、「生命」と他の9の属性が結びついて一体となった状態です。

これが宇宙の目的であり、歴史です。

また、以上の宇宙論的な存在者と、地上の聖職者の位階などが対応すます。
「第一知性」は「告知者」、「第二知性」は「基礎者」、「第三知性」は「イマーム」、それ以下の知性もそれ以下の聖職者の位階と対応します。
また、7人の「イマーム」が「第三知性」から「第九知性」に、終末の「カーイム」が「能動的知性」に対応するとも考えます。

「鉱物」は「自然霊魂」、「植物」は「成長霊魂」、「動物」は「感覚霊魂」を持ち、人間はさらに「理知霊魂」を持ちます。
「理知霊魂」は質料を必要としません。
これら自然は進化論的に順次、生み出されます。
キルマーニーはスィジスターニのように、人間が「普遍霊魂」を分有するとは考えません。

「告知者」は、感覚的・想像的認識によって「能動的知性」から照明を受け、結合し、知的な導きを受けます。
「告知者」、「基礎者」、「イマーム」はいずれも「現実知性」です。

終末の「カーイム」は「第二完全態」です。
人々は「カーイム」を通して肉体の束縛・質料を離れ、「現実知性」となり「第二完全態」となります。
終末に「第一知性」から聖霊が人間の霊魂の中に入り、人間を作り変えます。

ファーティマ朝では「イマーム」が常に地上に存在するとします。
また、終末は間近に迫っていないとしました。
こうして、ファーティマ朝は終末を先取りしつつも終末は訪れない、千年王国的存在です。

「カーイム」は律法(シャリーア)を廃棄しません。
また、聖職者の組織も廃絶されず、霊的世界にそのまま移行します。

キルマーニーの思想は、イエメンのタイイブ派にも受け継がれましたが、タイイブ派では再度、神話的側面が統合されます。
 


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初期イスマーイール派の神話 [イスラム教]

イスマーイール派の思想が哲学化される以前の、イスマーイール派の神話を2つ紹介します。 
最初はファーティマ朝以前、次がファーティマ朝期です。

<カルマト派>

初期のイスマーイール派の主流の神話は、はっきりとは分からないのですが、初期の分派であるカルマト派の神話とほぼ同じであると想像されます。

人類の歴史は「7つの周期」で進化します。
それぞれの周期は、預言者に当たる「告知者」が聖典とシャリーア(律法)をもたらして始めます。
「告知者」は聖典の外面的な意味「ザーヒル」を伝えます。
7人の「告知者」はアダム、ノア、アブラハム、モーゼ、イエス、ムハンマド、そしてイスマーイールです。

「告知者」の後には「沈黙者」が続き、内面的な意味「バーティン」を明らかにします。
ムハンマドの第6周期ではアリーが「沈黙者」に当たります。

「沈黙者」の後には「完成者」と呼ばれる7人の「イマーム」が続きます。
7人目のイマームは「カーイム」となり、新しい周期とシャリーアをもたらします。
ムハンマドの第6周期(イスラムの周期)では、イスマーイールの息子、ムハンマド・イブン・イスマーイールが最後のイマームに当たります。

1つの周期が終了するごとに、世界を構成する「7文字(アラビア文字のK、W、N、Y、Q、D、R)」の一つが地上にもたらされます。
つまり、霊的な智慧が順次もたらさせるということでしょう。

地上にはイマームを頂点にして聖職者のヒエラルキーが存在します。
イマーム下には「フッジャ(証)」がいます。
イマームが隠れている時期には、フッジャが聖職者組織を統括します。
さらにその下にも7つ(あるいはその他の数)の位階が存在します。

フッジャは12名おり、聖職者の組織は12のエリアごとに活動します。

ムハンマド・イブン・イスマーイールは救世主「マフディ」であり、人類史を完成させる告知者となり、イスラムの周期とシャリーアを終わらせます。
彼は新しいシャリーアをもたらさず、外面的な意味なしに究極的真理(ハキーカ)を明かします。


<アブー・イーサー>

ファーティマ朝期になりますが、アブー・イーサーによって、宇宙創造論的神話が付け加えられました。
その特徴は、「7文字」を主体としていることと、堕落論的性質を持っていることです。
文字(種子マントラ)を宇宙の根源として考えるのは、密教と同じ発想です。
堕落論は、グノーシス主義やミトラ教からの影響でしょう。

神は不可知の次元の存在です。
神が意図した時、「光」を創造し、それを通して創造しました。
しかし、「光」は自分が創造者なのか被造物なのか分からず、一瞬たたずんでしまいました。
神は「光」に霊を吹き込んで、「あれ!(kun)」と声を投げかけ、「光」に「カーフ文字(K)」、「ヌーン文字(N)」、「ワー文字(W)」、「ヤー文字(Y)」を与えました。
これらの文字は、光=造物主デミウルゴスであり、「クーニー」と名づけられました。
これらは「コーラン」の「あれ!(kun)」に由来する4文字です。

神は「クーニー」に、自分の援助者、神の命令の伝達者を作れと命じ、「Q」、「D」、「R」からなる「カダル」を創造しました。
これは「コーラン」の「行く末定める(qaddara)」に由来する3文字です。

「クーニー」と「カダル」を通した文字の結合によって、「7ケルビム(7大天使)」、「12の精神的なもの」、「6位階」が順次、創造されました。
神はこれらの存在に対して、「カダル」への服従を命じましたが、低い位階の「イブリース」が拒否しました。

「クーニー」の躊躇と、「イブリース」の拒否の意味とその結果については明言されませんが、一種の「堕落」という性質を持ったものであると想像されます。
この点は、これ以降のイスマーイール派の神話の中ではっきりと現れてきます。


カルマト派やアブー・イーサーの神話に登場する「7文字」は、バビロニア神学(占星学)的には「7光線」、宗教的には「天使」、哲学的には「知性」に相当するものでしょう。


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イスマーイール派の流れ [イスラム教]

イスマーイール派(7イマーム派)は12イマーム派以上に神秘主義的な性質を持っていて、スーパー・シーア派と呼ばれることもあります。
スーパー・シーア派は、ミスラ・マニ教の影響の濃く、アリーの教えよりも秘教の伝統を重視します。
12イマーム派が外面的な意味は秘教的な意味によって深められるべきと考えたのに対して、イスマーイール派などのスーパー・シーア派は秘教的な意味によって外的な意味は根絶させるべきだと考えたのです。

(イスラム教の諸派)
 スンニ派
シーア派
 ザイード派
 12イマーム(イマーム)派
 スーパー・シーア諸派
 イスマーイール
 (7イマーム)諸派
 ムスターリ派(ホジャ派・西方派)
 タイイブ派(ボフラ派・西方派)
 ニザール派(東方派)
 グラート諸派
 ドゥルーズ派
 アラウィー派(ヌサイリー派)


イスマーイール派は9Cにイラク、シリアで生まれました。
シーア派として反アラブ、反アッバース朝的性質を持っていて、特に急進的社会改革を求める政治的・軍事的集団でした。

12イマーム派と違い、アリーをイマームと見なさず、イスマーイールをイマームであり再臨するマフディ見なします。
しかし、イスマーイールの息子ムハンマドをマフディと見なすカルマト派が分派として、初期に分離しました。

10C初めにイスマーイール派はファーティマ朝を興します。
しかし、イスラム世界全体の支配は達成されず、終末も到来しませんでした。
そして、ファーティマ朝が安定期に入ると、イスマーイール派の思想は急進性を失くしました。
シャリーア(コーランに基づく律法)を廃棄しない、終末を無限に先延ばしにする、といった妥協が求められました。
また、ファーティマ朝では、イマームは常に地上に存在するとして、ファーティマ朝の正当性を主張します。

そのため、6代カリフのハーキムを神格化したドゥルーズ派や、ニザール派(東方派)などの分派を生みました。
一方、ファーティマ朝の主流派はムスターリー派(西方派)と呼ばれ、その後、イエメンのスライフ朝のタイイブ派に受け継がれます。


初期のイスマーイール派の思想は、グノーシス主義的、終末論的な神話です。
しかし、ファーティマ朝以降、徐々に新プラトン主義や、ファーラビー以降のペルシャ学派の哲学の影響を受け入れ、神話と哲学の融合がなされていきました。

ファーティマ朝の哲学者キルマーニーにおいては神話的側面が減少しましたが、イエメンのタイイブ派では再度、神話性が取り戻されました。

イスマーイール派の神話は、7人の預言者に対応する「7周期」の歴史観と、終末におけるマフディ(カーイム)による救済が、ほぼ共通した要素です。

そこに、堕落神話や秘教的な文字学などの要素が加わります。

また、イスマーイール派の大きな特徴は、聖職者のヒエラルキー組織を持っていることで、
そのヒエラルキーは、宇宙論的な根拠を持っています。


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