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ヒルデガルトと女性の神性 [中世ユダヤ・キリスト教]

キリスト教は女性の神性を重視しない傾向が強いのですが、中世には正統キリスト教の中にも聖母崇拝が強まりました。

5Cにはエフェソスで開かれた会議で、マリアを「神の母」と呼ぶことが決められました。
エフェソスは古くからのアルテミスの聖地で、また、聖母マリアが死んだとされる地でもあり、ここには聖母マリアを崇拝するコリリディア派がありました。
そして、同じ頃からマリアはイエス同様に死後に肉体のまま復活して天に引き上げられたとする「聖母被昇天説」が広がりました。
さらに、8C頃からマリアは原罪を持たなかったとする「聖母無原罪説」も広がりました。

こうして、古くからの地母神崇拝がキリスト教の聖母信仰の中に吸収されていきました。

聖母信仰が特に盛り上がりを見せた12Cに活動したビンゲンのヒルデガルトは、中世最大の女性神秘家(幻視家、預言者)です。
彼女は幼くして修道庵に預けられましたが、それ以前から、昼夜の区別なく目を見開いている時も含めて、エクスタシーを伴わずに神的なヴィジョンを見ました。
やがて、彼女は修道院長となり、ある日から自分のヴィジョンをただ見たり聴いたりしたままに語り始めました。

彼女は女性でしたので、当然、神学や聖書解釈学、ラテン語などを正式なカリキュラムで勉強していませんでした。
ですが、彼女のヴィジョンは教皇に公認され、神学的な著作や説教をすることを認められた初めての女性になりました。

彼女は当時の堕落した教会を批判することに努めました。
彼女は教会が堕落した当時を「女々しい時代」と表現し、学のある男性を懲らしめるために、神が無学で低い存在の女性に預言を与えたと考えました。

彼女のヴィジョンには、直接的な霊的な視聴覚的な体験と、それに対する天の声による解釈があります。
彼女が直接見たものは神そのものであろう「生きた光」と、光る雲のようなその「生きた光の反映」である様々な象徴的な形象を持った存在です。
このヴィジョンで語られる言葉は、人間の言葉には似ていない音で、輝く炎やエーテルの動く雲のようだったと彼女は表現しています。
ですから、彼女がヴィジョンを語る時点である程度の翻訳が生じ、さらにそれをラテン語の教養のある修道士が書く時点で、通常の人間が理解できる形に整えたものなのです。

彼女は神によって「知られざる文字」と「知られざる言葉」を生み出すように思し召しを受けたと書いています。
実際、存在しない多くのアルファベットを記したり、新造語をたくさん使ったりしました。
彼女は多くの聖歌を作曲しています。
彼女は音楽を、堕落する以前のアダムが喋っていた聖なる言葉であるべきものだと考えていました。
ですから、彼女の聖歌の楽譜の原典の中には、解読不可能な「知られざる言葉」が書かれているものがあります。

彼女は旧約知恵文学の「知恵(ホクマー=ソフィア)」以来の、キリスト教の中にある様々な女性の神性を認める伝統を受け継ぎながら、そこに独自な要素を付け加えました。
彼女はカタリ派に対して抗戦的姿勢を示すなど、あくまでも正統派の信仰に従っていましたが、とても思いきって表現をしました。
彼女は「知恵」、「愛」、「聖母(処女)」、「母体」、「教会」などの様々な女性的神性を重視し、これらを具体的な姿を持つ神格として幻視しました。

まず、「知恵」と「愛」は男性的存在の父・子・聖霊に対して、神(父)の花嫁、キリスト(子)の花嫁、キリストや聖霊の女性的側面などと考えられました。
「知恵」と「愛」は一体的存在で、世界を創造すると共に世界に内在して司る存在でもあるのです。

また一方で、神と被造物・物質との関係では被造物・物質が女性的存在と考えられました。
「愛」は「母体」という側面を現します。
「母体」は宇宙を作る第1質料です。
そして、「母体」から作られた純粋な自然の原型が「処女」と呼ばれます。
「処女」は「エデン」と同等な存在でもあって、イヴもそうだったのですが、悪によって堕落させられます。

ヒルデガルトはすべてを宇宙論的・存在論的に考えました。
堕落・救済も単に人間だけの問題ではなく宇宙論的・存在論的な問題なのです。
ですから、彼女は堕落によって世界自体が不浄なものになったと考えました。
 ヒルデガルトにとってマリアは単に地上に生れた存在であるだけでなく、世界の創造以前から存在する「天上のマリア」という原型としての存在があります。
これは「知恵」の妹であって「処女」と同質な存在です。

ヒルデガルトにとって、キリストの受肉は宇宙論的に最重要なできごとです。
彼女にとって女性性は低く、弱く、従順な存在です。
ですが、マリアはそのような存在であることによって、神を受胎し神を生むのです。
そしてこれを通して、マリアは世界を浄化し、最創造し、イヴが失ったものを取り戻すのです。

また、マリアは「教会」や司祭の原型的存在でもあります。
「教会」も天上に原型が存在します。
「教会」はキリストが十字架で贖罪を行った時に、キリストの花嫁であり母として天上から降りてきてキリストの脇腹から生まれました。
「教会」は現在形・未来形のマリアであって、説教という乳によって信者を養い、キリストを生み続ける存在なのです。

 


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