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テンプル騎士団 [中世ユダヤ・キリスト教]

1096年にはキリスト教の聖地エルサレムをイスラム教徒から奪回しようとする十字軍が始まりました。
この十字軍の騎士の中で、聖地巡礼者を守るために12Cに結成された組織に「テンプル騎士団」があります。

テンプル騎士団は表向きの目的とは別に、文化的な先進地だったオリエントの思想を取り入れた秘儀的な性質を持っていたと推測されています。
また、テンプル騎士団は洗礼者ヨハネを崇拝し、マリアや女性原理に対する信仰も持っていました。

テンプル騎士団はゴシック聖堂の建設に多くの寄与をし、そこに女性原理や秘教的な知識を盛り込んだようです。
テンプル騎士団は南フランスにも多くの領土を持ちカタリ派と関係を持っていたようで、アルビジョア十字軍がカタリ派を攻めた時も、これに参加せず、カタリ派をかくまうこともありました。
テンプル騎士団は14Cに異端として弾圧され、何人かは火刑に処され、1312年には絶滅されました。

またこの頃、聖杯伝説が南フランスを中心に生れましらが、この物語の誕生には様々ないきさつがあるのです。
洗礼者ヨハネはイエスに先んじてユダヤ王によって殺され、その首をはねられました。
そのため、この「首」やその首を乗せた「皿」が聖物として信仰されました。
このヨハネの首に対する信仰には、八つ裂きにされたオルフェウスの首に対する信仰を思い出させます。

また、これと同様に、最後の晩餐の時にイエスがワインを入れた、もしくは十字架上のイエスの血を受けた「杯」や、パンを乗せた「皿」も聖物として信仰されました。
マグダラのマリアが聖杯を南フランスに持ってきたという伝説もあります。
これらはいずれも象徴的にはほぼ等価な霊的な女性原理を現しています。

聖杯伝説は、もともとはケルト神話に出てくる「魔法の大釜」がモデルだったと言われています。
この頃、ノルマン人がイングランドを征服した結果、ケルト文化がヨーロッパに広がったのです。
これが洗礼者ヨハネの頭を乗せた「聖皿」に、さらに「聖杯」へと置き変えられて、キリスト教化して生まれたのです。聖杯伝説には様々な異端思想が盛り込まれています。

また、カタリ派やテンプル騎士団などの大弾圧の後、タロット・カードがイタリアに姿を現しました。
そのため、彼ら異端派がその教義を伝道するための最後の手段として、タロット・カードを生み出したとする説もあります。
カタリ派やテンプル騎士団の思想のベースになっているマニ教では、絵によって教義を説いていたため、これがタロット・カードに変わっていったという説もあります。
その真偽は不明ですが、タロット・カードにはオリエント秘教思想を読み取ることができます。


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