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イスラム哲学とイブン・スィーナー [イスラム教]

イスラム世界ではギリシャ哲学を継承した哲学を「ファルサファ」(「フィロソフィア」のアラビア語訛)と呼びます。
ファルサファの中心思想は、新プラトン主義化されたアリストテレス哲学です。
プロティノスやプロクロスの書の要約書がアリストテレスの著として出回っていたため、新プラトン主義とアリストテレス主義が混合した形で伝えられたのです。
こうして、理性的な自然学と神秘主義的な流出的階層宇宙論を合わせ持つファルサファと、啓示宗教であるイスラム教の統合が目指されたのです。

主なファルサファの哲学者は、9世紀のアラビア人のアル・キンディー、10世紀のトルコ人のファーラビー、10~11世紀のペルシャ人のイブン・スィーナー(ラテン名アヴィセンナ)、12世紀スペインで活躍したイブン・ルシド(ラテン名アヴェイロス)などです。

まず、ファーラビーの哲学とイスマーイール派の宇宙論を受け継ぎながらファルサファを最初に体系化し、形而上学的な宇宙論を展開したイブン・スィーナーの世界観を簡単に紹介しましょう。
彼の宇宙論はスーフィズムやキリスト教世界にも影響を与えました。

イブン・スィーナーは神は他に依存しない「必然的なもの」であるのに対して、被造物は他に依存する「可能的なもの」であると考えました。
また、アリストテレスの考えと同様、神は第一原因であって純粋現実態です。  

宇宙は始まりがなく永遠な存在です。
まず、第一存在である神が自分自身を眺めることで第1知性体を生み出します。
第1知性体は大天使でもあります。
知性体は、まず上位の存在の本質を凝視し、次に自分自身が上位の存在の本質を受け継いでいることを凝視し、最後に自分自身が上位の存在を限定していることを凝視するという3重の認識を行ないます。
これは新プラトン主義の「止留/発出/帰還」にほぼ対応します。

こうして、次々と流出的に下位の存在を3つの面で生み出していきます。
3つの面というのは、知性体と天体霊魂、天体を構成する素材です。
この考え方は新プラトン主義とは違います。

第1知性体は第2知性体とその場所である第1天とその天体霊魂を生み出します。
このようにして次々と、第3知性体と第2天とその天体霊魂、第4知性体と第3天とその天体霊魂、などが順に生み出されていき、最後に第10知性体と第9天とその天体霊魂が生み出されます。

この第10知性体は月下の世界に形・性質を与えこれを創造します。
また、人間に抽象的な認識を与える存在です。
そして、これが能動的知性(アリストテレスの言う「一切をなす知性」)あって、また、聖霊と啓示の天使ジブリール(ガブリエル)に対応する存在なのです。

地上の物質は4大元素によって構成されますが、その混合の完全さによって世界霊魂が植物魂、動物魂、理性的魂を与えます。
能動的知性は一なる存在で、人間の外から働きかけて可能性の状態にある人間の知性を育てて、人間を完成に導きます。
預言者は完成した人間なのです。

イブン・スィーナーの宇宙論は、新プラトン主義、アリストテレス哲学といった哲学的宇宙論と、ミスラ教やイスマーイール派のカルデア系宇宙論を統合したものです。
そして、宇宙の諸天球とヌースの神的世界を分けて考えないが特徴的です。

また、上に書いたように彼の宇宙論の大きな特徴は、流出的な創造が知性体・天体霊魂・素材(天球)という3つの側面で行なわれていることです。
では、この知性体と天体霊魂とはどう違うのでしょうか。

アリストテレスが各天球に知性体を考えていたように、イブン・スィーナーの知性体はギリシャ哲学のヌースとその系列に相当するものです。
これは霊的知性(直観的知性)を持つ存在で、「認識の天使」とも表現されます。
一方、天体霊魂は惑星神であって一般の「天使」なのですが、これらは霊的感性(直感的知性)、あるいは物質世界から解き放たれた創造的な想像力を担います。

ですから、イブン・スィーナーの宇宙論は「哲学」と「天使学」、つまり直観的知性と直感的知性を統合したものです。
第10知性体が能動的知性であって、同時に啓示の天使である点にもこの両者の統合が現われています。
また、素材に関しても各天球に固有の素材性を階層状に考えているのでしょう。

イブン・スィーナーが知性体と天体霊魂に階層性を考えたことは、理性と感性に奥行の諸次元を考えたのだと解釈できるでしょう。

最後に、アリストテレスの考える「一切をなす知性」はあらゆる形・性質が同時に存在する神そのものの知性なのですが、イブン・スィーナーの「能動的知性」は人間に形・性質を与えるような知性で、月の天球に相当する段階に存在するような低いものに変わっています。
これと関係するからか、彼は神との合一や神の直接の認識を認めず、第1知性体・大天使との出会いを求めました。

イブン・スィーナーの宇宙論はイスマーイール派の宇宙論と似ています。
イスマーイール派では天使は知性体の生み出す現れと考えます。
そして、第1知性体 (大天使)を宇宙霊=聖霊=至高の智天使=ミーカーイル(ミカエル)と考え、「アッラーの筆」と呼ぶこともあります。
これはミスラでもあります。

宇宙霊は その分身であるイマームを送ります。
第2知性体(第1天体霊魂)を宇宙魂=天上のアダム (完全なる人間)と考え、天命(天上にある石の書)と呼ぶこともあります。
これはアフラ・マズダでもあります。
ちなみにイブン・スィーナー版の『ムハンマドの夜の旅』でも宇宙論と天球に対応した天使が語られますが、この項で紹介したもととはなぜか異なります。

(イブン・スィーナーの宇宙論)
神(必然的なもの)
<知性・認識の天使の系列>

<想像力の天使の系列>

<素材の系列>
第1知性体
大天使
 
第2知性体
第1天体霊魂
第1天(透明な天空)
第3知性体
第2天体霊魂
第2天(恒星)
第4知性体
第3天体霊魂
第3天(土星)
第5知性体
第4天体霊魂
第4天(木星)
第6知性体
第5天体霊魂
第5天(火星)
第7知性体
第6天体霊魂
第6天(太陽)
第8知性体
第7天体霊魂
第7天(金星)
第9知性体
第8天体霊魂
第8天(水星)
第10知性体(能動的知性)
第9天体霊魂(ジブリール)
第9天(月)
月下界

 
11世紀には神学の第一人者で、哲学の教養のあったペルシャ人のアル・ガザーリーが、理性的な認識は神的な世界には適用できないとして哲学的神学を批判し、また内的な体験を重視して形式的な儀礼主義を批判しました。
そして、スーフィー的な隠遁生活を送りました。
彼の影響は大きく、イスラム世界ではこの後ファルサファは衰退しました。
 
ですが、イスラム世界の中で孤立していたスペインだけは例外でした。
イブン・ルシドはファルサファの最後を飾る人物で、理性主義的な性格を持っていて「アリストテレスに帰れ」をスローガンにしていました。
彼は『クルアーン』などを比喩的に解釈しつつ、理性と信仰の一致を主張しました。
彼は宇宙は時間と共に一瞬毎に創造されていると考えました。

また、哲学に励んだ人間は死後、能動的知性に帰一するとしました。
ですが、彼の考える能動的知性は直観的・霊的なものではなく、理性的なものでした。
先にも書いたように、彼の哲学はイスラム世界では継承されませんでしたが、キリスト教世界に受け継がれて、理性を重視するスコラ神学を生み出しました。
西洋の思想はこれを転換点として理性重視へと傾いて現代に至りますので、イブン・ルシドが西洋の理性主義の原点になったとも言えるのです。


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