So-net無料ブログ作成
検索選択

キリスト教の正統と異端 [古代ユダヤ・キリスト教]

初期キリスト教の主要な教会は、ローマトルコのビザンティン(コンスタンチノープル)、シリアのアンティオキア、エジプトのアレキサンドリアの4つでした。
オリエントの教会は神秘主義的傾向があり、中でもアレキサンドリアではギリシャ哲学を継承した知的傾向がありました。
一方、最も権力を持つことになるローマ教会は宗教から哲学を切り離し、神秘主義的でなく法的な傾向を持っていました。
 
初期のキリスト教では神やキリストに関して様々な神学的な説が考えられましたが、正統とされたのは、主にローマ教会が主張していた説です。
これは東西ローマ帝国の政治的問題や各教会の権力争いの中で決定されたものです。

キリスト教の正統説では、神は「父」/「子」/「聖霊」の3つからなります。
正確に言うと、ギリシャ正教(ビザンチン教会)では神はこの3つの神の同じ「本質(ウーシア)」と異なる「存在(ヒュポシスタス)」を持ちます。
これが「三一説」です。
一方、ローマ・カトリックでは、神はこの3つの神の同じ「本質(エッセンティア)」と「位格(ペルソナ)」を持ちます。
これが「三位一体説」です。

そしてキリスト教の正統説では、キリストは神性と人間性(人間的な迷いのある精神や魂)の2つが結合した存在です。
これは「二性一体説」とでも表現できるでしょう。
これらの説は2-3Cローマのテルトゥリアヌスによって提唱され、後に4Cのニケーアの公会議、5Cのエフェソスの公会議などによって正統とされました。

ただ、ローマ・カトリックとギリシャ正教では解釈に違いがあります。
ローマ・カトリックでは父から子が生まれ、聖霊は父と子から生まれるのに対して、ギリシャ正教では父から子と聖霊が生まれるのです。
聖霊は人間が神性と結びつくための重要な意味を持つものなので、神秘主義的傾向を持つギリシャ正教では聖霊の地位を低くすることは認められなかったのです。
 
「三位一体説/三一説」はキリスト教の一神教としての性質を危うくするものですが、キリストの神性が物質世界に現れて人間と外から関わること、聖霊が内から関わることを理論化しようとしたものです。
「三位一体説/三一説」は一なるものから段階的に世界が生まれるとする神秘主義の流出論とは異なります。
ですから、正統説に対して様々な異説も主張されました。
そのほとんどは神智学的には正統説よりも妥当なものですが、ほとんどは異端として弾圧、追放されました。
それらを簡単に紹介しましょう。 
 
至高神が三位一体ではなく、一なる存在と考えるのが「単一神論」です。
中でも、父なる至高の神が子と聖霊の神格を生み出すと考えるのが、シリア・アンティコアで勢力を持っていた「勢力論的単一神論」です。
その代表的人物のパウロスによれば、キリストは本質的には被造物であり、父の非人格的な一属性であって、洗礼時に神性を与えられたと考えます。
つまり、キリストは神の子ではなく「養子」なのです。
そして、一なる至高の神が一時的に3つの神格として現れると考えるのが、トルコ・コンスタンチノープルで大きな勢力を持っていた「様態論的単一神論」です。
 
また、エジプト・アレクサンドリアで主流だったのが、プラトン主義の影響を受けた教父オリゲネスによる「キリスト=ヌース論」の考えです。
これはキリストはヌースに相当するもので、父と被造物の媒介的存在です。
そして、聖霊は被造物に属するのです。
オリゲネスとキリスト教グノーシス主義は、キリストには霊、魂、肉体の三重の存在と考えてこれらを区別し、霊的段階がキリストの本体であって、他のものは仮の現れにすぎないとしました。
この考えは、仏教で仏の3身を考えることと似ています。
オリゲネスと単一神論の影響を受けて、キリストは無から創造された被造物であって神の実質を持たないとしたのが、アンティコア出身でアレキサンドリアで活動していたアリウスです。
アリウス派は異端とされゲルマンに伝道をしました。
 
また、キリストの神性と人間性に関して、神性を強調し、人間性が神性にほとんど吸収され融合しているという考えがアレキサンドリアで主流だった「単性論」です。
これは、仏陀は清浄な心身しか持たないとする考えと似ています。
そして、神性と人間性が結合せずに分離して存在し、彼の人間的な意志によって神と結合したと考えたのがアンティコアのネストリウス派です。
ネストリウス派は異端とされペルシャから中国にまで伝道しました。
 


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。