So-net無料ブログ作成

グノーシス主義 [ヘレニズム・ローマ]

グノーシス主義はヘレニズムの階層的な宇宙論をほぼそのまま採用しながら、その宇宙が悪神によって作られた悪の世界として否定します。
グノーシス主義については、姉妹サイト「神話と秘儀」の「グノーシス主義とソフィアの堕落」もご参照ください。

グノーシス主義はオリエントの反ローマ的な土壌に生まれた特殊な思想で、ユダヤ教、キリスト教、ヘルメス主義、ペルシャ系の宗教など、様々な宗教を越えて発展しました。
もともとはシリア内陸部北部からクルディスタン西部にかけての地域でヘレニズム的なズルワン主義の影響のもとに生まれて、シリア・イスラエルの沿岸地帯をとおってエジプトに持ち込まれました。
そして、その多くが堕落・救済神話を持っています。


グノーシス主義の神格(アイオーン)は、最初は「父」と「母」の2つでしたが次々と増加して複雑化していき、30を越えるまでになりました。
この複雑化は、ヘレニズム期に交流した様々の宗教が語る神の性質を次々と神格として取り入れて体系化した結果でしょう。
多くの派でのこのアイオーンの構造の特徴は、男女でカップルをなしているこです。
そして、最も高いレベルのアイオーンが4つの段階(8アイオーン)もしくは5段階(10アイオーン)で構成されることです。


また、グノーシス主義は中期プラトン主義を取り入れて、それを神話化している部分があります。
もちろん、存在を3層に分けるのはプラトン主義に由来するヘレニズム共有の宇宙論です。
ですが、もっと重要なのは、アルビノスの否定神学の影響を受け継いでいる点です。
グノーシス主義のいくつかの派では、至高存在を「語りえないもの」、「認識しえないもの」と表現します。


そして、物質的な宇宙は、「ソフィア」などの女性的なアイオーンが、本来の伴侶を無視して、認識しえない「原父」を認識しよう(交わろう)という階層を無視したおごりの結果、本来的な秩序を持たないものとして生まれます。


グノーシス主義のプトレマイオス派神話は、姉妹サイト「神話と秘儀」の「プトレマイオス派の堕落・救済神話」をお読みください。
この項では神智学的な別の観点から紹介しましょう。


至高存在は否定的な表現で表現されます。
最初の2神の「原父/思考」は「深淵/沈黙」という否定的な表現の名前も持っています。
この2神のこの側面は至高存在の静的次元であると考えることができます。
「原初の父=深淵」は表現も認識もできない存在です。
ですが、「原初の父」の「一人子」と呼ばれる「ヌース」だけが認識できます。
この点はアルビノスと同じです。
プトレマイオス派では、この「原父」が「認識できないという認識」が「グノーシス=英知」なのです。
そして、「思考」がアイオーンに「原父」を認識させようと欲した結果、最下位のアイオーン「ソフィア」が行動に出てしまうのです。


また、「境界」と呼ばれる存在があるのが特徴的です。
この「境界」は、至高の2神「深淵/沈黙」と他のアイオーンの神々との間と、神々と宇宙(中間界、物質界)との間に存在し、それらを隔てて秩序を保たたせています。
この「境界」は、マニ教ではアフリマンを閉じ込める牢獄としての宇宙という考えに、ユダヤ、キリスト教では神と被造物の間の断絶や、神の玉座にかかる幕として存在します。


そして、個々の存在が「形」と「認識」の2つで成り立っていると考えます。
プラトン主義では「形(イデア)」と「認識(ヌース)」は同時なので、これはプトレマイオス派独特の考え方です。
「ソフィア」が認識できないはずの「原初の父=深淵」に向かい「形」を失いかけた時、「境界」が現われてその働きによってに固められます。
そして、キリストがアイオーンの様々な存在に「認識」を伝えます。
ですが、この「認識」とはあくまでも「原初の父=深淵」が認識できないという認識なのです。


また、「ソフィア」から切り離された「意図」が無形な存在としてアイオーン界から放出され時、キリストがこれに「形」を与えて、イエスが「認識」を与えて救います。
また、「意図」が霊を生んだ時、天使からその「形」を受け取りました。
そして、霊魂が完成するのはロゴスによる「認識」を受け取る時です。こうして、この2つを兼ね備えた存在は、男性的存在と女性的存存在でカップルになります。
これで完成された構造なのです。
このように、グノーシス主義の「認識」とは、霊魂の本来的な神性の認識であり、ロゴスの認識であるのですが、同時に「原初の父=深淵」は認識できないという限界認識でもあるのです。


もう一つの特徴は、救世主が3つの次元で考えられていることです。
これはズルワン主義でミスラが3つの次元で現われることと同じです。
まず、「キリスト」は神の世界を救う存在です。
「境界」も「キリスト」と似た働きをします。次に、「イエス・救い主」は中間世界を救う存在です。
最後に、「イエス・キリスト」は人間を救うために受肉して物質世界にも現われる存在なのです。
「イエス・キリスト」は人間と同じく、「霊/魂/体」の3要素と、「救い主」の要素を持つとされます。


プトレマイオス派の神話は、「原父」は世界(アイオーン界)を生み出そうと思って、彼と共に最初から存在した「思考」の中にその種子を孕ませることで、「ヌース」以下の存在を生み出します。
ですが、別のグノーシス文献である「ヨハネのアポクリュフォン」は、至高神自身の認識と創造について興味深い神話を語ります。
これは至高神からプトレマイオス派の「思考・沈黙」に似た「大いなる流出(バルベーロー)・思考」が生まれる過程です。
この両者は男性と女性ではなく両性具有的存在だとされます。
「ヨハネのアポクリュフォン」によれば、至高神の「神的な光」が自分を「取り巻く光の水」の中に自身の「像」を見て認識した時、その「思考」が活発になって至高神の前に歩み出ます。
これは至高神の光神の「似像(影像)」です。
つまり、ヘルメス主義の「ポイマンドレース」でアントロポスが至高神の「似像」だったのと同じですが、その創造過程を「認識・思考」として、「主体と客体の分離」として描いているのです。
ここにはプラトン主義の「ヌース」に関する考え方の影響があるのでしょう。

ptremaios.jpg


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。