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不文の教説とピタゴラス主義 [古代ギリシャ]

「ポリティア」では存在の根源である「善のイデア」以上のものが語られます。
これは「存在の彼方」、「イデアを超えたもの」であって、「善そのもの」なのです。ですが、それ以上についてはあえて語らないのです。
この先がプラトンの「不文の教説」に当たります。
「不文の教説」は難解なのもので、弟子によってその解釈は様々でしたが、後世に大きな影響を与えました。この「不文の教説」はピタゴラス主義に由来します。

ピタゴラス主義のピロラオスによれば、ピタゴラス主義の基本的原理は「限定するものども(奇)」と「無限なるものども(偶)」、簡単に言えば「限/無限」です。
あらゆる存在はこの2つと両者の合わさったものによって生まれます。
まず、「限」と「無限」によって「一(モナド)」が生まれ、これから様々な「数」が生まれます。
ですが、この数は単なる数学的な数ではなくて、宇宙の原理そのものであるような「イデア的な数」なのです。
ただ、プラトンのイデアとは違って世界に内在する存在です。
例えば、「一」は原初の宇宙、宇宙の中心にある「火=プネウマ」なのです。

アリストテレスによれば、プラトンはイデアには2つの原理・構成要素があるとして、それを「一/不定の二」と表現したのです。
これはピタゴラス主義の「限定するものども/無限なるものども」を言い替えたものでしょう。
「一」は能動的な規定原理で、「尺度」ととも表現される秩序の根源、イデアのイデア的原理です。
一方、「不定の二」は「大・小」からなる(つまり数量的な差異性を持つ存在)、規定される受動的な原理、イデアの素材的原理、母性的な原理です。また、「一=善」、「不定の二=悪」でもあります。
このように、ギリシャ思想では「無限」は素材的な原理を指して、 後のキリスト教のように神の男性的な秩序原理を表しません。

「一」が「不定の二」を限定・分割することによって「イデア数」が生まれます。
「イデア数」は単なる数ではなくて、ピタゴラス派の数と同様に抽象的・象徴的な存在です。
例えば、「1」=点=知性、「2」=線=推論、「3」=面=推測、「4」=立体=感覚という具合です。
まず、「不定の二」が「一」の限定を受けて「1」が生まれます。
そして、次々と「イデア数」が生まれます。「イデア数」は基本的なイデアです。
プラトン哲学の中では他にも基本的なイデアが存在します。
これは、「最高類概念」、「メタ・イデア」と呼ばれる存在です。
具体t的には「同」、「異」、「相等」、「不相等」、「類似」、「非類似」、「偶」、「奇」などです。

そして、魂(宇宙霊魂)は「イデア数」を「幾何学的図形」として認識して、それを素材に反映して「感覚界」が作られるのです。
つまり、「魂」と「数学的存在」が同じ性質のもの、同じ階層の存在と考えられていて、それが「イデア界」と「現象界(自然)」の中間にあるとされるのです。

プラトン哲学とペルシャ思想を対応させると、「一/不定の二」はズルワン/アナーヒター(アフリマン)、「善のイデア」はミスラ、「イデア数」は大天使(アムシャ・スプンタ)に相等すると考えることができます。
「不定の二」は無秩序としての悪であると同時に、創造的な女神的存在だと言えるでしょう。
プラトンの2元論は相対的な善悪2元論なのです。

(プラトンの存在の階層)
原理=存在の彼方
不定の二(大/小)
イデア=知性=存在=原型
善のイデア
メタ・イデア/イデア数
様々なイデア
デミウルゴス
 
魂/数学的存在
魂/数学的存在
気概的部分(可死)
情念的部分(可死)
現象界=体=生成=模像
 
場所=受容器=乳母
 

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